No.19 北大西洋戦線の葛藤

美珠はなぜかカジノにいた。憂希の姿が消え、動揺していたが、ジェイムスを名乗る男性に状況を説明され、案内に従っただけだったのだが。


「...カジノ。本当にあるんだ」


日本にはないその存在とまるで異世界のように煌びやかな内装に、自分が拉致されていることを少し忘れる。


VIPルームのような客室に案内され、一人で座るには大きすぎるソファーにちょこんと座っている。


「いやぁ、待たせたな」


少し急ぎ足でレイリーが部屋に入ってきた。


「ここはな、儂が運営しているカジノじゃ。まあ一般客がほとんどの珍しくもないんじゃが」


設備概要を説明し始める。ルーレット、ブラックジャック、バカラ、ポーカー、パイゴウ、スロットマシーンなど、日本から見れば新鮮だが、海外では一般的なカジノ施設となっていた。


「あの...私は何でここに」


「あぁ、人質じゃ。あの少年は嘘偽りなく、儂の質問に答えた。自分の命より仲間の命。自分の命より国民の命。そう言っておった。つまり、自分の命で縛るより、人の命で縛るほうが効果的なんじゃよ。ああいう人間はな」


顔や容姿に似合わないほど、現実的で冷たい言葉を並べる。


「まぁ安心せい。お主に危害を加えれば日本と全面戦争になるとあやつも言っておった。つまり、儂らが何かを強いるとすればこの場に留まることだけじゃ」


「...」


美珠は自分が憂希の足枷となっている事実に悔しさが滲んだ。


「カジノは賭けねば意味がないが、お主にチップを強いるのも風情がないからVIP待遇で遊びたい放題にしてやってもよい」


「...いや、ありがたいんですが」


「まぁこれは飲食にも使えるからの、持っておれ。自分で食べたいときに食べるがよい。ただその状態で外には出れんぞ。ここは宿泊施設も併設しておる。施設内は自由じゃが、外には出れんからな」


美珠はいくらでも出る手段なんてあるんじゃないかと頭で考える。


「ここは海上じゃからな」


「え...」


憂希と美珠が拉致された場所は国土ではなく、北海に浮かぶ大型客船。ゆったりと海上を移動する富裕層向けのアミューズメント施設。


「まぁそのうち帰れるじゃろうから安心せい」


なんの信憑性もない言葉で美珠の不安はどんどん肥大化した。



「...くっ...ふぅ。...テレポート完了...しました」


「印章院、ご苦労。少し休め」


長距離のテレポートにより、印章院は限界を迎えた。中隊規模の長距離移動は許容量を超えた酷使だった。


「さて、米軍と合流するぞ」


日本軍の後方支援部隊を配置し、本隊は米軍側に合流する。事前情報によれば米軍は二大隊規模を投入しているという話だった。

欧州軍の進軍開始が通達されてから二十分程度の時間が経過している。前線における戦況はおそらくかなり激化しているだろう。


前線基地に到着し、その異様さに日本軍の皆が気づいた。


「日本兵かっ、編成は終わっているんだろうっ。すぐに前線の増援に向かってくれ。編成は移動中に伝える」


到着してすぐに米軍の指揮官にそう指示される。

陸路で前線へ移動中に確認した戦況は芳しくなかった。

グレード1を二名投入したものの、敵能力兵大隊の進軍に対して防戦を強いられているとのことだった。断続的且つ予測困難な攻撃に後手に回されており、反撃のタイミングを逃していた。


「...自軍の被害をある程度考慮した上での反撃は有効だろうが、相手は言ってしまえば歩兵部隊だ。米軍側は武装をかなり投入している。装甲車や戦闘機での攻撃は能力者の大隊にもなれば何かしらで無効化される。歩兵を堕とすのに装甲車や戦闘機が堕とされては、確かに割が合わない」


戦場における取捨選択を迫られたまま、米軍は足踏みしていた。日本の援軍を当てにしていたこともあり、増援待ちという耐久戦を継続していた。


「我々は一気に突入し、戦場の均衡を崩す。相手の体制が立て直される前に米軍のグレード1と神崎上等兵を中心とした掃討作戦に移行する」


「敵軍の情報はどれくらいわかっているんですか?」


「敵陣の基本構成は最前線に防壁と硬化系が並び、その後方に投擲や射撃系と属性付与が多数いるとのことだ。そのさらに後方は不明だが、強化付与や回復系がいればかなり厄介だ」


能力によるほぼ無尽蔵な盾が前線に張られているとなれば、確かに武装や兵器での突破は困難となるだろう。


「上空から確認した隕石などのグレード2相当と思われる能力者も、もっといそうですね」


「...だろうな、ダメ押しまたは臨機応変な対応で控えているだろう。最悪、敵側もグレード1を投入してきている可能性もある」


憂希が今まで経験した戦場とはまた別の緊張感が走る。敵の具体的な装備や編成、規模が能力に依存している以上、正確に掴みにくい。


「基本的な作戦、戦術は変更しない。我々の強みを最大限活かす。傀と錐生の能力で敵の防御を崩す。そのまま敵の反撃を私と神崎で無効化しつつ、敵陣の内側から破壊する。敵陣に突入した瞬間、傀の能力にて我々の周囲に防御壁を張り、物理攻撃は遮断する。こちらに敵陣のヘイトが向いている状態を作ったら米軍に合図だ」


「...そうなると小隊規模で突撃ですか?」


「中隊で進行しつつ、途中で援護部隊と突入部隊に分かれる。歩兵隊や装甲車では的になる」


「全部こっちに向いてる状態で突入っすか。...燃えるぜ」


「グレードが高くないとはいえ、そこまで順調にいくか?」


「そうだな、初撃は神崎に任せる」


「俺ですか...」


「兵器特化している防御だ。全体大規模攻撃に対する耐性は低いだろう」


 憂希はその理屈も指名された理由も理解できた。ただずっと頭の中で引っかかるものがある。

 ただ、こちらからコンタクトを取る手段はない。現状できることをするだけ。


「わかりました」


憂希は考える。戦場で目立つと言われた言葉を思い出しながら、自分の最適解を導き出す。



装甲車で前線に近づくにつれて爆発音や銃声が大きくなってくる。怒号にも似た声があちらこちらに蔓延っている。


「各員、戦闘態勢っ。装甲車及び歩兵部隊は指定エリアにて停止し、米軍の援護を継続し、突入部隊の合図を待てっ。突入部隊、仕掛けるぞ」


敵陣が視界に入った瞬間、違和感を感じ取った敵陣が突入部隊目掛けて迎撃が降り注ぐ。実弾と特殊攻撃が混じったそれは遠目で見れば彩り鮮やかな光に見えただろう。


「蹴散らします!」


憂希は一つ策を考えた。能力を極限まで限定し、最大出力で突破する。


「ここまで開けているならっ」


広い面積を均等且つ大規模に殲滅するための最適解。自然災害において最大の被害範囲を発生させる事象。


「水で沈めるっ」


大量の水を発生させ、一気に敵陣に向けて地面を走らせる。急激に水位が上がり、濁流は巨大な波の壁を作りながら進行する。

敵陣から飛んでくる物理的な迎撃の大半は水の壁によりその勢いと殺傷能力を削がれ、呑み込まれた。


「神崎っ。氷結と蒸発が発生しているぞっ」


傀が濁流の先に発生する敵軍の対応に気づく。規模や威力に対して突入部隊の誰も油断していなかった。


「了解っ。激流にします!」


氷や水蒸気さえ、憂希が掌握する現象に過ぎない。融解と凝結を発生させ、すべてを水に戻し、その激流の一部とする。激流は大渦を生みながら敵陣を薙ぎ払う。


「すぐに迎撃が来るぞ!」


振動の警戒は的中し、上空から飛来物が降り注いでくる。


「私が迎撃するっ。こちらの侵攻を緩めるなっ」


上空へ衝撃波を放ち、飛来物を迎撃する。その衝撃波により、飛来物は爆散し、一気に黒雲が空を覆うように上空は黒く染まる。


「っ!神崎っ上空へ迎撃態勢っ。錐生、傀っ。敵陣への攻撃開始っ」


振動が察知した異常は黒煙をカモフラージュにして形成された、空を覆う隕石の雨。大小ばらけたそれらは大気摩擦で赤く光始めた。


「くっ」


大地を大河と化した水をそのままに、空にそれ以上の体積で水を発生させる。流れを操作できる液体は無数の水柱を視点に、空に浮かぶ海を形成する。

水深十五メートルほどの空に浮かぶ海は飛沫とうねりを生みながら、隕石を抱きかかえるように受け止める。


「銃弾に貫通を付与したぞ!」


「一斉に撃てっ」


隊列を成した歩兵戦闘車から迫撃を一斉に行う。弾丸は土砂や岩石、金属で形成された防壁を貫通し、敵陣の隊列を穿つ。


「ぐっ、うぅぅううう」


受け止めた隕石を水流と水圧で砕き、ひとまとめにする。


「お返しだっ」


土石流の大滝をダウンバーストのように敵陣目掛けて放出する。敵陣に進攻する大渦の中心に大滝の本流を激突させ、更に水没範囲を拡大する。


「射撃を緩めるなっ。このまま突入するぞ!」


勢いをそのままに突入態勢に入る。敵陣の中心に向かい、陣営崩壊を狙う。


「なっ...」


だが、その侵攻は止めざるを得ない状況となった。湖ほどの体積があったはずの水が一瞬にして消失した。


「...転移されました!」


憂希は自分が操作する大量の水との距離が離れたことを感覚的に察知した。


攻防一体の水攻めが消滅したことにより、敵陣の後衛から反撃が開始される。武器、兵器、衝撃、火炎、氷結、斬撃。あらゆる属性が一斉に放射され、雨のような一帯を覆う無数を集合体を形成しながら向かってくる。


「これが防戦の原因...」


ずっとこの火力が自軍に向いているとなれば、すべて捌き切れるのは確かにグレード1くらいしかいない。憂希はそう納得した。


「防御態勢っ」


振動の命令により、傀の凝固を憂希の岩石と氷塊で形成した壁に付与し、その外側に向けて振動が衝撃波を放つ。

ただ、それはその防御壁に到達することはなかった。


「いやぁ、すまないね。君たちの増援助かったよ。ようやく私が前線に出れた」


放射された敵軍の反撃はその声の主の力により、無力化された。実態のある攻撃は地面に押しつぶされ、衝撃や斬撃はなぜか空気中で弾むように反発した。


「その場から動かないでね」


その女性はそう言った瞬間、敵軍含め動けた者はいなかった。文字通り、微動だにしていない。


「じゃあさようなら。私が近づいた時点で君たちの負けだ」


その言葉が伝わる前に、敵軍の前線部隊は三次元性を失い、地面に血肉だった者が膜を張るように広がった。むせかえるような血の臭いが充満した。


「...ふぅ。さすがにこの範囲は少し疲れるね」


「あなたが、米軍のグレード1ですね」


「あぁ、そうだね。アレックスだ、よろしくね。日本の兵士さん」


「今は...何を」


「私の能力だよ。殲滅したのは引力だ。皆平等に感じている地球の引力。彼らだけ千倍に引き上げた。反撃にも使ったよ。衝撃波は空気中の波だから空気に弾性を持たせてみた」


力。一言でいえば単純だが、この世界に充満するあらゆる力。引力、斥力、圧力、弾力等、それら全てを掌握した彼女の能力は、まさに見えない力。


「っ...」


出し惜しみの無いグレード1の能力は、敵に抵抗する隙も与えずに殲滅した。その光景の異常さに憂希は少し震える。


「君の能力すごいね、水特化かい?液体の圧力や窒息性は戦場において有効だよね」


「作戦は終了ですか?」


振動が本部に問い合わせる。目の前に陣取っていた敵軍は文字通り、姿かたちもない。


「いや、まだ敵側は本命を出してきていないよ。この規模の戦闘でグレード1が投入されないのは...さすがに異常だ」


アレックスは冷静に言う。日米合わせて三人投入されている現状で、敵軍はグレード2に留まっている。確かに負け戦を自ら演出しているような状態だった。

前線部隊だけとはいえ、相当な被害となっているはずの欧州軍に、増援の予兆が見えないのは確かに異常だった。


「あたしもこっちだってさ、アレックス。あれ、君はこの前の超災害君じゃん」


その最前線に神酒が空間転移で合流してくる。


「その呼び方はやめてください、神酒さん」


「え、何。君たち知り合いなのかい。...ってことは君が日本のグレード1か。へぇ、じゃああの水流以外もありそうだね。面白そうな能力だ」


「振動から各隊に通達。接近する人影を確認。...数は一名」


「...来たね」




欧州軍後衛部隊の先を一人で歩く人影。


「お嬢、こりゃ前衛は全滅だ。恐らく米軍の物理干渉してくるあいつだ。...あぁ、全員潰されてら。敵陣はそこまで被害出てねぇと思うぞ。防戦とはいえ、グレード1をそっちに回していたようだしな」


一人の男が通信をしながら堂々と歩く。戦場とは思えぬほど堂々と。


「そいつがいるなら俺も相性がいいとは言えねぇな。あれに対応できるのはうちでも少ねぇだろ。目的はグレード1以外にするけどいいよな。...わかった」


彼が通る道にある血液が次々に分解され、鉄分やマグネシウム、亜鉛をベースに金属の塊が空中に形成される。


「はぁ、マジで護衛の俺が離れたら意味ねぇだろって。...すぐ終わらせて帰るか。グレード1相手にしてたら長引く」


その金属の塊を地上と空中に分離する。槍状の金属を数千本形成し、地上を這うように音速を越える速度で撃ち出す。空中の金属は数百万の短剣を形成し、雨のように降らせた。


「ん~さて、どう出てくるか。...欧州軍、こちらエドワース。迎撃部隊、引き続き遠距離から迎撃開始。俺が前に出る。気にせず撃て。俺の武器になる」


投入された、一人の男。欧州軍所属。名をエドワース・グレイン。欧州軍総帥の側近、兼、護衛。

グレード1に該当するその能力は戦争の核を掌握し、根幹を揺るがす。

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