第8話 小さな子の声? 育み場? そして神の愛し子問題?

「ん?」


『ああ、動いてはダメよ』


 おおっと。声に気を取られて後ろを振り向いたら、手を洗おうと魔法で水を出してもらっていたんだけど、その水が私の靴を直撃しそうに。


 危ない危ない、すぐに魔法で乾かしてもらえるとはいえ、なるべく余計な手間をかけないように気をつけなくちゃ。ただでさえちびっ子姿のせいで、動きが鈍臭いんだから。


 ここにいさせてもらえるって決まったし、体に慣れるために、毎日運動しようかな? そうすればもう少し、どうにかなると思うんだけど。

 それと、話す練習もしなくちゃね。最初よりはだいぶ良いけど、こっちもう少しだけ、スムーズに話ができると良いな。せめてルーファスが理解できるくらい。


 と、まぁ、それはとりあえず置いておいて、今、声がしたよね? 


『さぁ、早く洗って、リーダーのところに戻りましょう』


 私はもう1度出してもらった水で手を洗いながら、今の声について聞いてみることにした。


 あ、ちなみに全員が全員、同じ魔法を使えるわけじゃなかったよ。浄化の魔法と似たような、綺麗にするクリーン魔法というのがあるんだけど。

 今、私についてきてくれたグリフォンは、浄化は使えてもクリーン魔法は使えないんだって。だから手を綺麗にするのに、水魔法を使ってくれたんだ。


 私のことをドウェインが、みんなに共有しておいてくれたから。ドウェインにトイレって言って、それから誰かについて来てもらわなくても、その時側にいる誰かに頼めば、すぐにその誰かが、トイレに付き添ってくれるって。


「あの」


『ん? なぁに? よし、綺麗になったわね。風魔法で乾かすわよ』


 ぶおぉぉぉ~と、風が吹いてくる。


「いま、だれかのこえ、ちた?」


『誰かの声?』


「うん、ちいしゃなこのこえ」


『その声は何と言っていたの?』


「『しょっちのおててじゃないよ。こっちのおてて』って、いってた」


 と、聞いた言葉を伝えた時だった。また同じ方角から、今度は。


『う~ん、あちゅ? ふわふわ、あちゅ』


「!? また、きこえまちた!!」


『え? 今?』


「あい!!」


『今、私にも聞こえたけれど、でもあれは……』


 グリフォンさんが、私が指差した方角を見る。何だろう、ちょっと困った顔してるけど。私、何か変なこと言ったかな?


『本当に声が聞こえたのよね?』


「あい。……あたちまりがえまちたか?」


『いえ、ちょっと確認しただけよ。その声のこと、リーダーに伝えるわね。さぁ、今はとりあえず戻りましょう』


 何ともいえない雰囲気のまま、ドウェインの所へ戻る私たち。でもその途中で、ずっと何かを考えていたグリフォンさんが、ぼそっと……。


『……もしかして、特別な力かしら。神の愛し子は何かしら、世界の誰も使えない、特別な力を持っているものね』


 って言ったんだ。


 出たよ、神の愛し子。ドウェインがみんなに伝えたって言っていたから、このグリフォンさんが知っているのはおかしくないんだけど。

 今、特別な力って言ったよね? 今、私は何もしてないよね? 聞こえた声について伝えただけ。それのどこが特別な力?


『おかえり、それじゃあ、ルーファスの所へ行こう』


 すぐに元いた場所に戻った私たち。そしてドウェインが私の洋服を咥えて、ルーファスが遊んでいる所へ移動しようとした。だけどそんなドウェインを、今のグリフォンさんが止めたんだ。


『リーダー、ちょっと待って、話したい事があるのよ。リンのことよ』


『何だ? トイレで何か問題があったか?』


『いいえ、トイレは問題なしよ。そうじゃないなくて今、リンが声を聞いてね。『そっちのてじゃないよ。こっちのて』と『う~ん、あつ? ふわふわ、あつ』って聞こえたって』


『何だそれは?』


『それでね、その声が聞こえた方角が、育み場の方からなのよ』


『育み場の方からだって?』


『ええ、そうなの』


『お前は聞こえたのか?』


『いつも通りの鳴き声はね。言葉は聞いていないわ。だから、もしかしたらこの子の……。まぁ、私が聞けていなかっただけかもしれないし、あそこで遊んでいる兄弟の誰かの声が、聞こえたのかもしれないけどね』


『……なるほど』


 何々、何がなるほどなの? また、私ついていけてないんだけど。もしかしたらこの子の……何?


『分かった。今から私たちは育みの場へ行く。すまないが向こうへ、ルーファスを連れてきてくれないか。これ以上は本当に、待てないだろうからな』


『分かったわ。リン、また後でね』


 そう言い、グリフォンさんは歩いて行って、私たちも歩き始めたよ。


「どえいん、どちたの?」


『ちょっとな』


「……あたち、なにかわるいこといちた?」


『ああ、別に悪い事ではない。が、後でちょっと確かめさせてくれ』


「たしかめる? なにを?」


『リンの力をな』


「あたちのちから?」


 と、話していると、さっき私がトイレを済ました場所まで来たと思ったら、今度は声が聞こえた方へ歩き出したんだ。そしてその頃になると、どんどん聞こえる声が多くなっていったの。


『う~ん、ねみゅい~』


『わ~ん、けりゃれちゃあ~』


『きのみ、たべちゃい』


『おっ、きょはあのぐりふぉんいりゅ、おいりゃのほうへ、きちぇくりぇないかな。おいりゃ、おしぇわちてほしいじょ』


『まま~、どこ~』


『あたち、あのかわい、ほちい』


 みんな小さな子供の声。なんかちょっと、何ともいえないことを、言っている子もいるけどね。


「どえいん」


『何だ?』


「いっぱい、おはなちきこえる。むこ、だれいるの?」


『また聞こえたか?』


「うん」


『そうか……。そうだ、リン。今行く場所には、たくさんの小さな子供たちがいるんだ。だから何かがあったり、突然大きな声を聞くと、驚いてる泣いてしまう子もいる。だからもし皆が、リンの周りへ集まって来たら、静かに相手をしてやってくれるか』


「うん! しずかにね!」


 それはもちろん、怖がらせたりなんてしないよ。そうじゃなくて、いや、それも大切なんだけど、言葉については?


 結局そのまま、声については何も教えてくれず、どんどん歩いていったドウェイン。そうしてさらに声がたくさんに、大きくなってくると。ドウェインの胸くらいまで高さのある草が、ぼうぼうに生えている前で止まったんだ。


 草のおかげで、まったく向こうが見えないよ。でも向こう側に、小さな子たちがいるのは間違いない。


『よし、今から向こうへ行くからな』


その言葉とともに、再び歩き始めるドウェイン。ドキドキと、背の高い草むらに埋もれる私。


 数秒後、パッと視界が晴れて、私の前にとても広い広場が現れたの。そしてその広場には、私にとってのパラダイスが広がっていたんだ。

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