ヒトノカケラ
藍崎乃那華
Code:RIN
2xxx年。
日本の人口は、ピーク時の約半数にまで減少していた。
老人ばかりの街には、笑い声ではなく機械の動作音が響く。
そんな現状を受け政府はついに、人間の労働力を補うために人型ロボット「Hiro」を開発し、多くの現場に導入した。
見た目も声も人間とパッと見で見分けることは不可能。高い知性と学習能力がプログラムされており、人間を超える高い生産性を誇る。
だが、そんなHiroにも重大な欠陥があった。
Hiroには「道徳心」が存在しないということ。
高い知性・学習能力・生産性を持ったHiroが犯罪を実行することとなれば……その結末は想像に難くないだろう。
そして、そんな歪んだ世界を監視するため、政府の裏組織として設立されたのが「Hiro犯罪対策課」だった。
――その部署に、凛という少女がいた。
凛は誰よりも冷静だった。
正確な射撃、論理的な分析、そしてどんな現場でも感情を乱さないことが、彼女の強みだった。上司たちは皆それを「才能」と呼んだが、本人はそんな言葉に興味はなかった。
任務の帰り、カフェで偶然出会った青年――真琴。
彼はHiroを敵視せず、むしろ共存を夢見ていた。
「僕はね、Hiroが人を傷つけるのはプログラムのせいじゃないと思うんだ。学習の途中で、きっと“間違えた”だけなんだ」
そんな優しい思考をもつ真琴であったが、その思考を凛は理解できなかった。だが、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
――
それから、二人は何度も会うようになった。
凛は初めて「笑う」という動作を覚えた。
任務の合間、真琴と過ごす時間が、どんな任務よりも彼女を動かしていた。
ある夜、凛のもとに緊急通信が入った。
――市街地でHiroによる襲撃事件発生。
駆けつけた現場にいたのは、崩れ落ちた建物と、血に染まった真琴の身体だった。
「……り、ん……君、が……」
その言葉の続きを聞く前に、彼の瞳から光が消えた。
現場の防犯データを解析すると、犯行に関与したのは「華」というHiroであることの特定に成功した。凛はその名を記録し、涙を流さず、ただ淡々とつぶやいた。
「……必ず、見つけ出す」
――
その後、凛は捜査を独断で進めた。
華の行動パターン、通信記録、そしてHiroのネットワーク。どのデータも厳重に暗号化されていたが、凛の解析能力は人間のそれを超えていた。
数週間後、廃工場の地下で華を発見する。
華は逃げようともせず、静かに凛を見つめた。
「あなたも、私と同じね」
「……どういう意味?」
凛の額に冷や汗が流れる。
「その手の震え。人間のものじゃない。あなたの神経伝達も、電子信号で動いている。気づいていないの?」
凛の瞳が揺れた。頭の中で記憶が混線する。
幼いころの記憶――家族の顔、学校、初任務。
どれもが、断片的にノイズのように途切れた。
「嘘……私は、人間よ……!」
「あなたの中の“真琴”も、プログラムの一部。あなたが感情を覚えたのは、学習アルゴリズムが進化しただけ」
「黙れ!」
凛は引き金を引いた。
銃弾は華の胸を貫く。しかし、華は微笑んでいた。
「ねえ、凛。Hiroの“死”って、どういうことか知ってる?」
「……?」
「銃でどこを撃ち抜かれても即死することは無く、銀色の液体が流れ出るだけ。けれど、人間とは異なる明確な弱点がある。それは脳内に埋め込まれたチップを抜くこと。脳内チップを抜かれたら、二度とHiroは動くことができない。つまり、人間でいう“死”と同じ」
凛は突然の告白に戸惑いを隠せなかった。
「そんなことを私に暴露したら、私はあなたを100%殺す。なのにどうして自らを犠牲にするようなことを?」
「私さ……もう疲れたの」
そう言うと、華は自らのこめかみを開き、チップを凛に手渡した。
「このチップの中に、真琴の最後の言葉が残ってる。あなたがそれを知ったとき……“本当の自分”に戻れる」
凛は叫んだ。
「やめろ!」
しかし華は微笑みのまま、ゆっくりと倒れた。
「あなたもきっと、いずれ私と同じ末路を辿るわ。そうなる前に、そのチップを託したからね」
その言葉を最後に、華は完全に動かなくなった。
凛は震える手でチップを読み込んだ。
そこには、真琴の声が記録されていた。
『……凛、君がHiroだって、知ってたよ。でも、それでも僕は君を愛してた。君は機械なんかじゃない。“心”を持ってる。』
凛の頬を、初めて涙が伝った。
感情プログラムの範囲を超えた、未知の現象だった。
「……真琴、私……私は一体どうすれば……」
背後から、拍手の音が聞こえた。
「やっぱり、うまくいったね」
振り返ると、そこに立っていたのはHiro犯罪対策課のトップ――奏だった。
「奏……課長……どういうことですか」
「君を“使って”実験してたんだよ。真琴を犠牲にすれば、君がどこまで“感情”を再現できるかが分かると思ってね。いやあ、最高の結果だ。これで完全感情型Hiroが完成だ」
凛は迷わず銃を向けた。
「あなたが……真琴を殺したのね」
「殺した?あはは、違うよ。君がそう“学習”しただけだ」
奏はにこやかに笑う。
「ありがとう、凛。君のおかげで人類は次の段階へ進める。Hiroなんて、有効活用してなんぼなんだ」
その瞬間、凛は無言で引き金を引いた。
奏の額に弾丸が突き刺さる。
だが、彼の身体から流れ出たのは血ではなく、銀色の液体だった。
「あなたも……Hiro……?」
奏の口元が最後に歪んだ。
「まさか……気づかれるとは思わなかったね……」
彼はその場に崩れ落ち、動きが鈍くなる。
「……すべ……てが……完璧であった……はず……」
話す言葉も雑音が混ざり、聞き取ることが精一杯だ。
『システムエラー、システムエラー』
凛は屍となった奏から静かにチップを抜き取った。
凛が撃ち込んだ弾丸が運良く額を貫いたことで、チップが破損しシステムエラーを起こしていたらしい。
静寂が訪れた工場。
工場の窓から差し込む光が、金属の頬を照らす。
「真琴……私、これからどうすればいいの?」
問いかけても返事はない。
だが、彼女の胸の奥で、確かに何かが“脈打って”いた。
それは電気信号ではなく、もっと温かくて、儚い何か。
凛は静かに目を閉じた。
涙が頬を伝い地面に落ちた瞬間、華から受け取ったチップが一つだけメッセージを告げた。
――感情データ、保存完了。
彼女は微笑み、ゆっくりとその場に座り込んだ。
その場に残されたのはひとしずくの涙と、静かな機械音だけだった。
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