エヌマ・エリシュ ~俺の妄想から生まれた最強の創世神が不自由すぎる件。ちょっ、その設定、変えさせてくれっての!

蒲公英薫

序章

第〇話 暗黒神が降臨する前に、俺の脳漿が床に降臨した件

 ――焼けつくような痛みが腹部を襲った。


 衝撃で思わず息がつまる。


 何が起こったのか理解できないまま、俺――山田やまだかおるは自分の腹を見下ろした。

 苦痛に歪む視界の中で、学生服のブレザーに鮮血がリアルタイムで広がっていく。


(は? なんだよ、これ……)


 俺は信じられない思いで、再び視線をあげた。

 目の前には鬼のような形相で俺を睨んでいるタイジと、そのタイジに組み敷かれたみゆきの姿があった。


 そこで初めて、俺はタイジが手にしているものが拳銃だと気づいた。


(うそだろ……おい……)


 半グレの兄貴がいるってウワサは聞いてたが、高校の不良少年が拳銃とか普通に持ってんじゃねえよ。


 つか、銃とか、抑止力だろ。

 相手をガクブルさせるためのアイテムだろ。


 それを振り向きざまに、ノータイムでぶっぱなすか?


(こいつ、やっぱ、イカれてやがる・・・)


 両側から肩を押さえて、俺を地面に跪かせていたムトウと青ガミも、仲間のイカれ具合にビビッたのだろう。

 俺の身体から手を放し、じりじりと後ずさりを始めている。


 そりゃそうだ。

 下手したら、お前らに当たってた可能性もあるわけだからな。


 ま、普通に引くだろ。


「かおるくん……それ……ど、したの……」


 タイジの身体に組み敷かれたまま、みゆきは俺を見つめて声を震わせた。


 目の前の現実を受け入れられないのだろう。

 信じられないようなものを見るように目を見開いている。


 無理もない。


 みゆきは、幼馴染――いや、さっき「好きだ」と告白したばかりの相手の目の前で、学校一やばいイカレ野郎に犯されようとしていた。


 そして、それを止めようとした俺は、腹から血を噴き出して絶賛悶絶中だ。


「――かはっ!」


 俺は激しく咳込むと血反吐を吐き出した。


 時間にして数秒――あまりの痛みに止まっていた呼吸が戻った。

 肺の中に滞留していた空気が、大量の血液とともに排出されていく。


「いやああっ! ――かおるくん、かおるくん!」


 その光景を見て、現実に引き戻されたのだろう。


 みゆきはタイジの下でもがきながら、俺の方に手を伸ばす。

 そして、引き裂かれるような声で、繰り返し、繰り返し、俺の名前を叫んだ。


 次の瞬間、みゆきの頬をタイジの平手打ちが襲った。


「お前も、うるせえんだよ!」


 そう言うと、タイジはみゆきの鼻先に銃口を突き付けた。


 ――やばい。


 さっき、タイジはただ「うるさい」というだけで、ためらうことなく俺を撃った。


 このままじゃ、みゆきも同じ理由で撃たれちまう。


「タイジ! てめえ……。こらあ、こっち見ろっ!」


 俺は力の限り叫ぶと、四つん這いのまま、タイジの方ににじり寄った。


「っせえな……。この、死にぞこないが」


 タイジは俺の方に向き直ると、みゆきから離れた。

 ゆっくりと、俺を見据えて立ち上がる。


「――おめえら、押さえてろっつったろ!」


 近づきながら、思考停止で突っ立っているムトウと青ガミを怒鳴りつける。


 タイジの怒気に当てられた二人の不良仲間ははじかれたように動き出すと、両側から俺の肩を押さえつけた。


 再び、冷たい床に跪かされる。


「よお、かおるくんよお。――っつうのは、今、何をしてんだっけ?」


 タイジはつまらなそうな顔でそう言うと、俺の顔面に銃口を向けて、言葉を続けた。


「ああん? 物陰でじっと指咥えて見てんのか? それとも、怖気づいてケツまくって逃げたのか?」


「この、クソ野郎がっ……!」


 俺は、精一杯の虚勢を張って、タイジの顔を睨みつけた。


 そして、ひたすら祈った。


 神ではなく、みゆきに。


(頼む、みゆき。……いまだ、俺がこいつの注意を引いてるうちに逃げてくれ)


 しかし、その願いもイカレ野郎の前では虚しかった。


 俺はみゆきにわずかな時間の欠片も稼いでやれなかった。


「……うぜ」


 タイジは俺への興味を完全に失ったかのようにポツリと呟くと、そのまま、俺の右目に銃口を押し付けた。


 そして、再び、ノータイムで引き金を引いた。


 その瞬間、俺の意識が、脳漿とともに冷たい床の上に散らばった――。




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【あとがき】

第〇話、読んでいただき、ありがとうございます。

絶望的な結末です。でも、かおるの物語はここから始まります。


次回、第一話「鎧を纏った日常」

彼が纏う「鎧」の意味と、彼が失った日常が描かれます。

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