第12話「二十五本の薔薇と、永遠の誓い」
プロジェクトが成功し、社内の体制も落ち着きを取り戻した頃、季節はすっかり秋めいていた。
私と蓮さんの関係は社内ではまだ秘密のままだったが、順調に愛を育んでいた。
彼はどんなに忙しくても毎日必ず私に連絡をくれ、「声が聞きたい」と電話をかけてきてくれた。週末には人目を避けてドライブに出かけたり、彼の家で手料理を振る舞ったりして、穏やかで幸せな時間を過ごした。
彼は会社で見せる冷静沈着な姿とは違い、二人きりの時は驚くほど甘く情熱的だった。
「紬、愛している。君がいない人生など、もう考えられない」
「君の作る料理は世界一美味しい。毎日、君の手料理が食べられたらどんなに幸せだろうか」
そんな甘い言葉を、惜しげもなく私に囁いてくれる。
彼の独占欲は相変わらずで、私が会社の男性社員と少し話しただけで「……今の男は誰だ?」と低い声で問い詰めてくることもあった。
でも、その嫉妬さえも彼が私をどれほど深く愛してくれているかの証だと思うと、愛おしくてたまらなかった。
私も彼と過ごすうちに、どんどん素直な自分になっていくのを感じていた。
以前は自分の意見を言うのが苦手で、いつも相手に合わせてばかりいた。でも蓮さんは、どんな些細なことでも私の気持ちを尊重してくれる。
「紬はどうしたい? 君の望みを、何でも聞かせてほしい」
そう言って優しく微笑んでくれる彼のおかげで、私は自分の「好き」や「嫌い」をちゃんと言葉にできるようになった。
地味で自信がなく、いつも何かに怯えていた私。そんな私はもうどこにもいなかった。
蓮さんが、私を変えてくれたのだ。
そして、あの日から一年が経とうとしていた。
私の二十六歳の誕生日。
去年の誕生日は人生で最も不幸な一日だった。でも、今年は何かが違う。朝から胸が期待に膨らんでいた。
仕事が終わり会社を出ると、見慣れた黒い車が停まっていた。
中から出てきた蓮さんはスーツを完璧に着こなし、まるで映画のワンシーンのように私に微笑みかけた。
「誕生日おめでとう、紬」
そう言って、彼は私の前に大きな花束を差し出した。
それは、二十五本の深紅の薔薇の花束だった。
「二十五本……?」
「ああ。君が失った二十五歳の輝きを取り戻すための二十五本だ。そして……」
彼は花束の中から一輪の白い薔薇を取り出した。
「これから始まる、君の新しい一年を祝福するための一本だ」
白い薔薇を、私の髪にそっと挿してくれる。その優しい手つきに胸が熱くなった。
「蓮さん……、ありがとう」
「礼を言うのはまだ早い」
彼は悪戯っぽく笑うと、私の手を引いて車に乗るように促した。
連れてこられたのは、ベイエリアにある最上階のレストランだ。窓の外にはきらめく夜景が星空のように広がっていた。
一年前、翔太くんに婚約破棄されたレストランよりも、ずっとずっと素敵な場所だった。
美味しいディナーと、楽しい会話。夢のような時間はあっという間に過ぎていく。
デザートが運ばれてきた時、蓮さんはおもむろにジャケットの内ポケットから小さなベルベットの箱を取り出した。
そして私の前に跪くと、その箱をぱかりと開けて見せた。
中には、大粒のダイヤモンドが輝く美しい指輪が収められていた。
「紬」
彼は、真剣な眼差しで私を見つめた。
「君と出会ってから、私の世界は色鮮やかに変わった。君の笑顔が私の生きる力になっている。これからもずっと君の隣で、君を守り、君を愛し続けたい」
「……蓮さん」
「白石紬さん。私と、結婚してください」
彼の、まっすぐなプロポーズ。
涙が溢れて止まらない。
一年前の今日、私はこの左手の薬指から婚約指輪を外した。希望も未来も全てを失った。
でも今、同じ指に新しい、もっと輝かしい光が灯されようとしている。
私は涙で濡れた顔のまま、精一杯の笑顔で何度も、何度も、うなずいた。
「はい……! 喜んで……!」
彼は安堵したように微笑むと、指輪を私の左手の薬指にそっとはめてくれた。
サイズは驚くほどぴったりだった。
「どうして、私のサイズを……?」
「君のことは、何でも知っていると言っただろう?」
彼は満足そうに私の手を取り、その薬指に優しく口づけを落とした。
二十五歳の誕生日は、最悪の一日だった。
でも、あの日があったからこそ私は蓮さんに出会えた。本当の愛を知ることができた。
あの絶望は、最高の幸せへと続くただの序章に過ぎなかったのだ。
「愛してるよ、紬。永遠に」
「私も、愛してます。蓮さん」
私たちはきらめく夜景を背景に、誓いのキスを交わした。
もう、何も怖くない。
この人の腕の中にいれば、私はどこまでも強く、そして輝ける。
私の新しい人生は、今始まったばかりだ。
最高の幸せと共に。
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