第3話 ある兵士の手記

 あの事件について、私はこの目で見た一切を国に報告した。

 けれどもそれは軍の規律に則った報告書であるから、見たもの見つけたものをそのまま記録したにすぎない。

 

 だからここには、私の主観ありきで書き記そう。

 ラギリ村で起きたあの惨劇について――――。


 私はあの日、未来の将軍を迎えにいったはずだった。

 話では婚約していた幼馴染と結婚の予定があったから、将軍任命はその祝宴が終わってからにするということだった。

 

 小高い丘に差し掛かったとき、鼻の曲がる匂いがした。

 

 あのときの状況を仔細に書くとめまいがするので、箇条書きで記す。ともかく送迎の任は一瞬で現場調査の任となったのだ。


・ラギリ村は全焼していた。

・住人と見られる死体には、すべて斬撃による損傷が見られた。また、そばには武器や武器になりえるものが落ちていた。

・私たちが着いたとき、死体はほとんどそのまま残っていた。肉食の動物は近づいてすらいなかった。

・人間ふたり分と思われる血溜まりがあり、残っていた衣服や鎧から南の砦長とその奥方と推察。

・砦長は戦士ゴウの実の兄であり、妻はゴウ氏と婚約していた娘だと判明。

・戦士ゴウは村近くに広がる林の奥、石碑のような大岩のそばで亡くなっていた。


 状況から兄をはじめとする村人らと結婚をめぐる衝突が起き、ゴウ氏が故郷を滅ぼしたのだと思われる。

 王は勇者様の件もあってか、ラギリ村の住人が魔王の残党に操られていたと公表した。ゴウ氏は涙を飲んで剣を振るい、命を落としたのだと。


 この事件にはいくつか不可解なことがある。

 報告を受けた上の人間と現場を見た者しか知らない、公には伏せられた事実が。


 ――――全焼した村で子どもたちだけは生きていた。


 赤子に至るまで全員が無傷であり、我々が見つけるまで穏やかに眠っていた。彼らの記憶はゴウ氏が帰ってきた日で止まっており、惨劇の最中も眠り続けていたと思われる。一週間以上、飲まず食わずの状態で。


 ――――ゴウ氏は毒で死んでいた。

 

 毒といって思い出すのは勇者様の死因でもある未知の毒。回復魔法を極めし賢者様でも判明できず未だに研究が進められているが、ゴウ氏のソレはちがった。


 彼は毒キノコや毒虫など、林に存在するありとあらゆる毒を取り込んでいた。彼の実家には空の毒瓶もあり、状況からそれも飲んだものと思われる。


 これらの謎を、私は以下のように考える。

 

 まず子どもたちを守ったのは、女神の力ではないだろうか。

 この世界を創りし創世の女神。

 魔王が現れると素質ある者の近くに選定の剣を出現させ、勇者を導く。そして様々な奇跡を与え、魔王討伐を助けてくれるという偉大な存在。


 魔王を倒して平和が訪れると、女神は深い眠りにつく。

 勇者の剣は天界へ還り、聖なる装備も力を失い、勇者一行へ与えた奇跡の数々も消えると言われている。


 きっとこの伝説は間違いだったのだ。

 たしかに勇者様は悲劇の中で命を落とした。しかしそれを悲しんだ女神様は、かつての仲間たちには再び奇跡を与えたのではないだろうか。


 眠りの狭間の小さな奇跡。だからゴウ氏の惨劇は止められなかった。けれど子どもたちの命だけは助かった。

 結果としてゴウ氏の名誉はギリギリのところで守られたのだ。


 そしてゴウ氏の死の真相。

 私は自死だと思っている。

 彼の体は奇跡を失えど、生半可な攻撃は効かない。それこそ魔法使いマーブルが扱う最上級魔法でないと、彼の命には届かない。だから服毒による自死を選んだのだ。


 遺体を最初に見つけたのは私だった。

 そういえば大岩を背に座り込むようにしていた体から、が出ていた。魔力に似た黒い霧状のものだった。一瞬で消えてしまったが、恐ろしく不吉なものだったように思う。

 アレこそ女神の奇跡が浄化していた、負の運命が可視化したものなのではないだろうか。


 

 今でも夢に見る。

 あのパレードの日。私は門が開くことを彼らに伝えにいった。


 我々では想像もできない困難を乗り越え、世界一の偉業を成し遂げたとは思えないほど明るく、純粋な顔をしていた。皆、子どもらしいとすら感じられるほどに。

 本当に嬉しそうで幸せそうだった。

 どうして、どうして彼らがこんな目に遭わなければならないのだろう。


 女神よ。今は眠りし創世の女神様。

 貴女の最も愛すべき子らが苦しんでいます。

 どうかどうか、残ったふたりにはだれよりも優しい幸福の人生をお与えください。



 

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