青春の灯火

月兎耳

壊れた群れ

 半年前、直也が死んだ。


 バイクでトラックのタイヤに煽られて、そのままこけて巻き込まれた。


「もーグッチャグチャ!ケーサツ来るし本当最悪!アイツ無免だったからさぁ、」


 ──面白おかしく喋ってるてめぇも最悪だよ。


「おい、じゅん。ガチャガチャガチャガチャうっせぇよ!」


 彼氏の死に様を語る純の手の中で、絶え間なく開け閉めされ、オイルライターが回っていた。


「ガキのくせに生意気ー。」

「火。」

「はいはい。……ピース?お坊ちゃんは違うねー。」

「ぶっ殺すぞ。」


 わざと翔吾を挑発して、唇を吊り上げる。


 純はおかしな女だった。

 行き場のない者の掃き溜めで出会った、2つ歳上の直也の彼女。彼女が普段何をしているのか誰も知らない。

 直也がいない時もいつも溜まり場にいて、誘われるとふらふら出ていく。

 直也の彼女とは名目だけで、グループは皆穴兄弟だった。

 直也も純も何も言わない、むしろ純を抱いてから一人前扱い。

 初めて会った時、翔吾は14で、直也と純は16だった。


「薄いやつにしてよ。」

「固えしキツイから無理。」

「そーゆーとこも生意気だね。」


 生意気、と言いながらも翔吾を咎めない。

 他のグループでは年長者にタメ口を聞くとボコられるらしい。

 直也と純はその点は緩くて、引き入れた後輩を可愛がるリーダーだった。


「純ちょっと痩せたんじゃね。骨痛えんだけど。なんか食い行く?」

「翔吾ってほんと、飯ヤる寝るしか言わないよね。タイムスリップしてきた?」

「んな訳ねーだろ。」

「翔吾知ってる?私もうじき19なんだけど。姐さんにおめでとうとかない?」

「くっそどうでも良いわ。」


 まともに相手をしない翔吾に、裸のまま純は喋り続けた。


「……翔吾、直也がさぁ、死んじゃったんだよ。」

「知ってるよ、うるせぇな。」

「19だって。もうじき大人になっちゃうよ。」

「なればいいだろーが。」

「……よし、翔吾!お前も大人にしてやろう!もう一回!」

「えー、俺、腹減ったんだけど……。」



「純は?またいねぇの?」

 いつもの溜まり場で、翔吾は顔馴染みに声をかけた。

 ここ数回空振っていた。

 基本的には「早い者勝ち」なのでそういうこともある。

 ただ暇つぶしのつもりで投げた言葉だった。


「翔吾知んねーの?純死んだよ。」

「は……?」


 死んだ?


 『直也がさぁ、死んじゃったんだよ。』


「それって、自殺?」

「何でだよ、あの女がそんなんする訳ねーよ。」

「……そうだよな。」

「そーそ。ケンジんとこでキメセクして泡吹いたんだってさ。ケンジと匠くんもパクられたし、ここももう終わりかもな。」


 居心地良かったのになーとそいつは伸びをした、


「翔吾はこれからどうすんの。」

「俺は、俺も、もーいいや。じゃあな。」

 

 純は多分1人で大人になりたくなかったのだ。

 


 また行き場を無くしてぶらついていると、量販店で純がいじくり回していたのと同じオイルライターを見かけた。

 別に火をつけるのには100円ライターで充分用が足りる。

 わざわざショーケースの中の高級品を買う必要はないけれど。

 別に、自分の財布から金が出る訳でもないので、父親の名義のカードで何となく気まぐれに1つ買ってみた。


「おにーさんいくつ?なんでジッポがいるの?」

「成人してまーす。」

「……じゃあ、そういう事で。」


 大人になるのなんて、こんなに簡単な事なのに。

 

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