第18話、出発

「天国だぁー」


 僕は今、とても座り心地の良いソファーに座り、高級な紅茶を飲み、美味しいお菓子を食べて毎日を過ごしています。


 ぷにぷに

 

 隣に座っているニヤも、美味しいお菓子をメイドさんから食べさせて貰って幸せそうにしている。


 今では、イヅミまで猫の姿で現れていて、メイドさんからブラッシングされ気持ちよさそうにしている。

 実はこのブラッシング、メイドさん達の中では順番待ちも生じている程人気なのだそうです。


 ぷにぷに

 

 領主様から客人の印を受け取り、子爵家の客人となった僕は。

 冒険者ギルドの宿を引き払って、この屋敷で客人として過ごしています。


 この屋敷と言うのは、領主様が住む領主館ではなく街の中にある別館で、領主様が街の住人や今回のように平民と特別に会わなければならない時に使われる屋敷でした。

 

 それでも使用人やメイドさん、料理人さんも皆一流の人たちが揃っていて、僕たちはそこで一ヶ月の間、美味しい食事と、美味しいお茶と美味しくお菓子を頂きながら、まるで天国のような生活を送っていました。


 ぷにぷに


(お兄ちゃん!! 今すぐ旅に出発してちょうだい!!)


「うわぁ!!」


(何だいリリー、いきなり大声でビックリしたじゃないか)


 それまでマッタリしていたのに、僕が急に大声を上げたのでメイドさんも驚いていたよ。

 今は何事も無かったかのようにニヤにお菓子をあげているけどね。


(早く旅に出ないと! とにかく大問題が発生したのよ!)


(そんなこと言われても……)


 リリーは何だかとても慌てているけれど、僕は今、とても動く気にはなれないでいた。


(もう! イヅミ! ニヤ! 集合!!)


((はいっ!))


 掛け声を聞いて、イヅミとニヤはビシッと敬礼し、部屋の隅へと集まった。


(……だからね……なの……いま……解散!!)


 リリーの話しが終わると、今度は二人が僕の目の前に立って僕を立たせようとする。


(今すぐ出発の準備をするにゃ)


「旅……危ない……お腹」


「何なんだよ皆んなして。それに、直ぐと言っても子爵様に挨拶したり、コンドールさんやギルドにも連絡したりいきなりは無理だよ」


 ぷにぷに


「アベル様。主人からは、アベル様がいつ出発しても問題ないと仰せつかっております。アベル様は冒険者、いつ気が変わられても仕方がないとの事。なので、次の目的地さえ教えて頂けましたら、私の方で主人にはお伝えしておきます」


 気配もなくスッと現れた執事さんが領主様への連絡は問題ないと説明してくれたので、とすればコンドールさんとギルドにだけ話をすれば良い事になる。


「分かったよ、じゃあ今日はコンドールさんの所とギルドに挨拶に行って明日出発しよう」


 僕がそう言うと、二人は揃ってホッとした顔をしていた。


 それから僕たちは執事さんが用意してくれた馬車に乗り、コンドール商会と冒険者ギルドへ行き、明日この街を出発する事を伝えた。


 コンドール商会でも冒険者ギルドでも「イバラキ草を集める人が居なくなってしまうと困る」と言って引き止められそうになったけど、ニヤが凄く反対するものだからどちらも渋々引いてくれた。


 帰ってきた館では。メイドさんや料理人の皆さんから最後のご奉仕だと言って、メチャクチャ沢山の料理やお菓子でもてなしてくれた。食べきれない分はもちろん収納にも入れさせて貰う。


 ・

 ・

 ・


「ありがとうございました! お世話になりました!」


 街の南門、王都へ向けて出発する馬車が集まる場所の隣で、僕たちは執事さんとコンドールさんに見送られていた。


「本当に馬車はいらないのですか?」


 子爵様が馬車も用意してくれていたのだけれど、頑なかたくなにイヅミとニヤが拒否してくるので僕たちはコレから徒歩で王都へ向けて出発する事になっている。


「まあ、特に時間は決めていないので、ゆっくり行きます。本当にお世話になりました、子爵様にもよろしくお伝え下さい」


 そう言って、この街で知り合った人たちとの別れを告げ、僕たちは歩き始めた。


 ・

 ・

 ・


「はぁ、はぁ、はぁ」


 おかしい……まだ一kmも歩いていないのに、もう息切れしている。

 隣を見ると、イヅミもニヤも同じく息を切らせてもう一歩も動けないと言った様子だ。


「休憩しよう」


 街道の横にズレて地面に直接座る。お尻が痛い、この感触も久しぶりだ。


 水袋を出してお茶を飲む。砂糖がたっぷり入った紅茶。


「それはダメにゃ!」


 バシッ! とイヅミの爪が現れて水袋を弾き飛ばす。


「何するんだよ!?」


 地面に溢れる紅茶を見ながら、勿体無いと袋に残ったお茶を口へと絞りだす。


「アベル! 今日から紅茶に砂糖は禁止! お菓子もダメ! 毎日歩いて痩せるにゃ!」


 隣で、お菓子も禁止と言われたニヤが僕よりショックを受けている。


「おかし……」


「どう言う事だよイヅミ?」


「それは、アベル! 自分のお腹に聞くにゃ!」


 ビシッ! と僕のお腹を指差すイヅミ。


「お腹?」


 と見ると、見事に膨れ上がったメタボ体型のお腹がそこにあった。


 ぷにぷに


 はっ!? 今まで無意識に触っていた気持ちの良い感触は、僕のメタボに膨れ上がったお腹だったのか!


 見ると、イヅミとニヤもお腹をさすっている。そして、リリーも僕らのお菓子をイヅミ経由で渡していたのでお腹が大変な事になっているそうだ。


「昨日のアレは、そう言う事だったのか……」


 それから僕たちは元の体型に戻す為、歩いて歩いて、ひたすら歩いて痩せるために頑張りました。

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