第21話 競争

 俺と新浜は公園近くの学校に移動する。


「学校の外周の2周分が2キロに相当するんですよ。運動部の同級生に聞いたので間違いないです」


 新浜は得意げな顔で説明する。


 俺と新浜は学校の正門前をスタート地点とする。ここから外周2周分をゴールとする。


「僕は準備万端ですが、大橋先輩はどうですか? 大好きな準備体操とかやらなくていいですか? 」


 新浜は揶揄うような口調で尋ねる。


「俺も問題はない」


 俺は余裕のある態度で答える。


「そうですか。なら、今すぐにでも始めましょうか」


 新浜は少しムッとした顔でスタート地点にて戦闘体勢に入る。すぐに走れる姿勢を作る。


「花見か柚木、スタートを頼む」


 俺は2人に声を掛ける。


「「? 」」


 花見と柚木は互いに不思議そうに目を合わせる。


「わ、分かりました! 私がスタートを担当します」


 花見が係りの担当を名乗り出る。


 花見は俺達の少し前の地点まで移動する。


「準備はいいですか? 」


 花見は俺と新浜に視線を向ける。


「うん」


「ああ」


 新浜と俺は順に手短に応答する。


「分かりました。それでは。いちについて~」


 花見によるスタートの溜めが入る。


「ドン!! 」


 花見によってスタートが切り出される。


 ダッ!!


 花見の声に瞬時に反応する俺達。


 まず新浜が勢いの良いスタートを切る。俺よりも前に走り出る。


 俺は特に焦らずに新浜の背中を追う。


 外周は一直線であり、新浜と俺は倣って進む。


 チラッ。


 走り始めて100メートルが経過する。前方を走る新浜が後方の様子を確かめるように振り返る。


 ピッタリと後ろを追う俺が気に食わなかったのだろう。分かりやすく眉をひそめ、前方に視線を戻し、さらにギアを上げる。


 俺も新浜に置いて行かれないようにスピードを上げる。


 一直線の外周の4分の3程度を走り終える。外周は一直線であり、未だに新浜のスピードは落ちない。時折、後ろを振り返り、意地になってギアを何回も上げていた。


 その度に俺も新浜のペースに合わせてスピードを加速させる。


 角を曲がったところでスタート地点で待機する花見と柚木の姿が見える。


 どうやら1周目が終わろうとしているみたいだ。


 新浜は軽く手を上げて自身をアピールするように花見と柚木の近くを走り抜ける。


 俺も花見達2人の近くを新浜の直後に走り抜ける。俺も新浜も2周目に入る。


 俺は1周目と変わらずに一定のペーストと距離感で新浜の後を追う。


「はぁ…はぁ…」


 2周目の4分の1を通過した辺り(俺の体感だが)で急激に新浜のスピードが落ち始めた。スタートの時のスピードと比べて明らかに勢いも元気も感じ取れない。


「ぜぇ…はぁはぁ…はぁ…どうして…どうして。差が…付かないんだ~〜」


 新浜は悔しそうに乾いた声で不満を嘆く。 


 おそらく何度もギアを上げても俺がぴったりと後方を追跡することへの不満だろう。


 一方、俺は新浜と大きく異なり、息1つ乱さずに一定のリズムとスピードで未だに走り続ける。一定の距離感で新浜の背中を追い続ける。


 そろそろだな。


 俺は少しスピードを上げる。


 グングンと俺と新浜の距離は縮まり、あっという間に隣に並ぶ。


「悪いな。ずっと背中を追わして貰って」


 俺は初めて口を開く。


 新浜は疲労感を顔に出しながらも敵対心を剥きだす視線を向ける。この状況にもかかわらず大した奴だ。この点は評価に値する。


「俺は少し方向音痴なところがあるんだ。もしかしたら、ルートを間違える可能性があったのでな。1周目は新浜の背中の後を追わせて貰った」


 俺は1周目の走り方をした理由を説明する。


「だが1周目でルートは覚えた」


 俺は最後にメッセージを残し、今よりもギアを上げる。隣を並ぶ新浜よりも前方に踊り出る。初めて新浜の前でてリードする。


「はぁ…はぁ…。ぜぇ…。クソ…待て…。僕より先に…行くな…」


 新浜はフラフラで視界もぼやけたような目で俺の背中を掴むため手を伸ばす。


「…残念だったな」


 俺は軽々と新浜の伸ばす手に対して足を加速させて躱す。


「クソ…」


 新浜の手は呆気なく空を切る。そのまま代償として地面に倒れ込む。


 俺はゆっくりと後方を振り返る。


 新浜が苦しそうに地面に倒れていた。


 俺は新浜から視線を外し、気にも留めずに前方を走り続けた。


「クソ~。…クッソ~〜!! 」


 新浜は悔しそうに拳で地面を叩きながら大きな声で叫ぶ。


 俺は新浜の騒々しい叫びを耳で受け、背中で感じながら、ただゴールに向かって、1周目で覚えたルートを走り続けた。まるで新浜に力の差を見せつけるように、グングンと差を広げて見せた。

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