第19話 懸ける思い

 3日目のトレーニングを終えた日の昼休み。


 俺は普段の練習場で自主練をしていた。


 シャドーボクシングやサンドバックなどのパンチングをして汗を流す。


「いやいや~。早朝のトレーニングは僕の圧勝でしたね~〜」


 練習場に不快な声色が響き渡る。


 はあぁ~。相変わらず面倒な奴だ。


 辟易しながら入り口に視線を向ける。


「お疲れさまです。今日も頑張ってますね! 」


 新浜の機嫌の良さそうな口調は、俺の鼓膜を刺激し、あまり良い気分にさせない。


「初めての早朝のトレーニング後にも関わらず元気だな」


 俺は仕方なく自主練を中断する。喉を潤すためにた水筒で水分を補給する。


「体力には自信がありますからね! ビンビンに元気です! 」


 新浜は自慢するように得意げに胸を張る。鼻も大きく伸びている。

 

「そうか」


 俺は素っ気なく返す。


「当然です! 実際に、この体力のおかげで僕は早朝のトレーニングで先輩に圧勝したんですから! 」


  新浜は逞しさをアピールするようにマッスルポーズを決める。


「そうか」


 俺は再び素っ気なく答える。新浜を意識しないように敢えて視線を逸らす。心身のリラックスのためにベンチに腰を下ろす。


「あれ? 何も言い返さないんですね? まあ、仕方ないですよね。今日は僕の圧勝でしたから! 力の差は歴然でしたからね! しかも教え子の花見と柚木の前で! はははっ!! 」


 新浜は嬉しそうに笑い声を上げる。


「このままだとボクシングもやったら僕が圧勝したりして! こんな感じでコンボ食らって」


 新浜は近くのサンドバックにジャブと右ストレートをシュッシュッと繰り出す。新浜の拳は僅かにサンドバックの表面を掠める。


 プチッ。


  自分でも分からない何かが、俺の中で切れた。自然と身体はベンチから浮いていた。


「…おい」


 俺は鋭い眼光で詰め寄る。早歩きでに新浜との距離を埋める。


 そのまま新浜の鼻に触れそうなぐらい顔を接近させる。


「ボクシングで圧勝できる? ふざけたことを言うな。俺はボクシングに情熱を懸けている。だから1人でも頑張れるんだ。初心者が舐めた口を利くんじゃねぇ」


  新浜の眼前で冷酷な口調で強い怒りをぶつける。


「っ…」


 新浜は圧倒される。俺に脅えて練習場の床に尻餅を付いてしまう。逃げるように後方にも下がる。


「2度と勝てるなんて簡単に軽々しく言うなよ」


 俺は普段見せない鋭い睨みと口調で新浜を牽制する。


「そ、そっか~。ボクシング部としてのプライドですよね~。まあ、今日の所は、この辺で、お暇しますか。そちらの気分も良くないみたいですし」


 新浜は素早く立ち上がると、凄い勢いで踵を返して、練習場を後にした。新浜は俺の目を見ずに走り去り、その背中だけが映る。


 そんな新浜の後ろ姿が視界に収まる。


「…気分悪いわ」


 俺はボソッと静かに呟く。怒りを少しでも鎮めるために再びベンチに腰を下ろす。


 俺の怒りに忖度するように練習場は物音1つ立てずに静寂に包まれた。

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