第十六話 洗脳、ダメ絶対

 異世界だらだら生活、18日目。


 ここは例の秘密基地(森の廃屋)。

 新たにジェディとかいう変なエルフ女を加え四人パーティとなった俺達は、小屋の中央にある怪しげな釜を囲うように座っていた。


「名付けて『激安ポーションでウッハウハ大作戦』だ」

「…あ、相変わらずアンタの名前付けは独特だねぇ…」


 俺の素晴らしいネーミングセンスに文句をつける猫女が一匹。

 酒の代わりにスライムの原液流し込むぞ。どうせ元は同じなんだし。


「ポーション作りなら私も手伝えます!魔術学院で基礎は学びましたのでっ!」

「…だ、そうだが、どうなんだ耳長」

「たまには名前で呼び給えよ、オサム氏。それとも愛情表現の裏返しか?」


 気怠そうに欠伸をしながら耳な…、ジェディがにへらと笑った。

 下手するとこいつ俺の心の中まで読みかねん。面倒だ。


「…ジェディ、どうなんだ?」

「うむ、ずばり君たちの助力だけは到底足らないよ」


 あまりにもあっけらかんと言うので、俺含め他の仲間も意味が分からなかった。


「た、足りないって…じゃあどうすんのさ?誰か別の人間でも雇うのか?」

「馬鹿な。ただでさえ薄利多売にしようと言うのに余計な費用なんて掛けられないさ。ここは不当に、無理矢理に、強引に働いてもらう人材を探すのさ」


 相変わらずこの耳長さんは、いちいち言葉が回りくどい。

 仕方なく、俺は漫画の質問役のような立場になって聞いてやった。


「増やすって…どうやってだよ?」

「んふ、これさ」


 ジェディはニヤリと悪戯っぽく笑うと、懐から一つの怪しげなペンダントを取り出した。釜を通してやや距離があるが、ここからでも匂うくらいには変な香りがする。


「…なんだそれ」

「私の試作品、『魅了の香水アロマ・デ・チャーム』。この香りを嗅いだ者は術者の言うことを何でも聞くようになる」

「…………」

「…………」

「…………」


 思わず、俺とレムリアとベルナは示し合わせたかのように顔を見合わせた。

 恐らく全員の頭に浮かんだものは一緒だろう。


「こいつでギルドにいる適当な冒険者を操って働かせればいい。大体数時間ごとに香りを嗅がせ続ける必要はあるが、上手くこなせば24時間文句も言わない最高の労働力の出来上がりだよ」


 うん、コイツはダメだ。

 人として大事な何かも錬金素材に費やしてしまったらしい。


 それまで大人しく聞いていたレムリアが、ついにブチ切れた。


「だ、ダメですぅぅ~~~~!!!!!!」


 ボロ小屋が音圧で揺れる。

 レムリアが初めて見せる、本気の怒りだった。


「そんなこと、絶対に絶対にダメですっ!人の心を弄ぶなんて、魔術師としても人としても、許されませんよっ!」


 まっすぐすぎるほどの純粋な善の心。

 かといってそんな正論が大罪人とまで言われたコイツに通じる訳が――。


「…………だ、ダメ……?」


 まるで教師に怒られた子供のように、シュン、と項垂れるジェディ。

 その変容ぶりに怒ったレムリアもあわわと慌てふためている。


「…は、はは…人の心…か、うん…錬金術ギルドに居た頃も良く言われたね…、私の作るものは危険思想が強すぎるって…便利なんだけどなぁ…」

「…おいリーダー、この子涙ぐんでるぜ?」


 隣に居るベルナが肘で突いてくる。

 いやなんで俺に言うんだよ。お前が言えばいいだろ。


 もしくは原因を作った眼鏡の――。


「うぐ……、い、言い過ぎ……ちゃった……」


 だからなんでお前も泣いてんだよ。

 ダメだ、コイツら。どいつもコイツも面倒くさい女ばっかりだ。


「……はぁ」


 俺は重い気分を溜息に乗せてから、白ローブで顔を覆い始めたのエルフに声を掛ける。


「…別に案自体は悪くない。むしろ名案だと思う」

「えっ!?ま、マスター…それは…むぐっ!?」

「頼む、今だけは黙っててくれよ、いい子だからさー」


 背後で猫が眼鏡の口を覆っているが、無視して続ける。


「だけど、後で絶対面倒になる。トラブルはごめんだ。だから他の方法を考えろ」

「……それだけかい?」

「あん?」

「…面倒だからって理由だけで片付けていい問題じゃない…こんな危険な思想を持ってる仲間が居るだけで、君達も同じ目に見られるから――」

「見られても、いいだろ」


 呆れた顔でジェディを見た。


 この世界のエルフが長命種なのかは知らんが、賢ぶってるのは伝わってくる。

 実際頭もいいんだろう。中には変な事しか思いつかない奴も居るが。


「このパーティは俺がリーダーだ。あんまり面倒な意見出すなよ。どうせ却下すんだから」

「……く、ふふ……」


 はらりとローブのフードが捲れる。

 碧色の瞳には宝石のような雫が僅かに浮かんでいたが、多分気の所為だ。


「分かったよ、オサム氏の…いや、レムリア殿の言う通りだ。他の人間を使役しようなんて考えは捨てるよ。面倒はゴメンだからね」


 そう言って立ち上がるジェディの顔には、先ほどまでの気弱な表情はなく、泰然自若とした本来の性格が浮かんでいた。


「だから代わりに――あれを作るとしよう」

「あれ?」

「うん。人を操るのがダメなら最初から心のない、文句も言わない労働力を、我々で造ればいいのさ」


 また危険な発想を語るのでは、と一瞬身構えたが。

 彼女はまるで夕飯の献立でも決めるかのように、こともなげにこう言った。


「『錬金ゴーレム』だよ」

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