第十四話 錬金エルフのヤバいヤツ

 それはダボついた白のローブを頭から被ったようなシルエットだった。

 間から垂れた長い髪は金色で、横に長い耳がひょこんと伸びている。

 顔は人形のように整っているが、言い換えれば創り物のようだ。


(エルフってやつか?にしてはなんだかおっとりしてるな…)


 気さくな挨拶とは裏腹に瞳はとろんとしていて、全身から気怠さが漂っている。

 なんか妙な親近感がある。種族も性別も違うが。


「ひっ…!」


 その顔を見た瞬間、俺の背後でレムリアが小さな悲鳴を上げた。


「ま、マスター!ダメです!そのお方は…!」

「あん?」


 俺の服の裾を掴み、ガタガタと震え出す眼鏡女。

 安心しろ。お前も大概にダメなタイプだぞ。


「…『アカデミーの禁忌』、錬金術師ジェディ…。なぜあの方が、ここに…!?」

「…禁忌?」


 まるでこの世の終わりでも見るかのような引きつった顔で、そのエルフの名を呟いている。


「…その名ならアタシも聞いたことがあるねぇ」


 重心を低く構えながら、ベルナも低い声で問い返す。

 どうやらこの耳長さんは有名人らしい。


「…数年前、王子殿下が臨席される品評会の場で、自らの異端な理論を証明するため意図的に大爆発を引き起こした大罪人テロリスト…、超一級の危険人物ですっ!」


 魔術書を抱きかかえながら、レムリアは言い放つ。


 テロリスト?王子暗殺?

 冗談じゃない。そんな物騒な話はお断りだ。


 ジェディと呼ばれたエルフ女は余ったローブの袖を持ち上げたまま、まるで面白い芝居でも見るかのようにその告発を聞き流している。


「巷じゃそういう噂も流れているけど、私はただの暇人さ。誤解しないでくれたまえよ、魔術師殿」


 ジェディは観劇を終えたかのようにそう言うと、俺の方へ視線を向け直す。

 噂が本物ならかなり危ない状況だが、はてさて。


「それよりそこの彼、マスター殿だっけ?」

おさむだ。倉科くらしなおさむ


 聞かれてつい、口から本名が出てしまった。

 

「お、オサム…って、名前だったんですね…」

「…初めて知ったよ、リーダー…」


 何故か外野がざわめく。

 あぁ、そういやまともに自己紹介とかしてなかったか。


「オサム氏、君は中々に興味深い存在だよ。今どき密造酒なんて悪事を働く輩は聞いたことがない。しかもそこらの魔物や木の実を媒介にして造り出すのは狂気じみた発想だ」

「やけに事情通だな」


 碧色の瞳が値踏みするかのようにジロジロと俺の顔を射抜く。

 どうやらこのエルフ女、俺のストーカーらしい。


「暇人だからね。毎日退屈してるのさ。だから時々牢屋を散歩したり、金貨10枚の取引を盗み聞きしたり、色々とね」


 悪びれもせず、淡々と自分のストーカー行為を白状するジェディ。

 その掴みどころのない態度にベルナが呆れて口を挟む。


「…で?結局アンタは何がしたいんだい?アタシらを脅しに来たのか、それともポルゾフの手先なのかい?」

「まさか」


 そんなダルいことはしないよ、と言いたげな顔でジェディは笑う。


「好奇心さ。だって気になるだろう?金貨10枚もの借金を背負って後がない状況なのに、一週間『何もしない』なんて選択は常人じゃ選べない」

「な、何もしなかった訳じゃありませんよっ!マスターは私達の知らないところで一人集中して壮大な策を練ってくださってたんですからっ!」


 レムリアが胸を張って力説する。

 それを間近で聞いたベルナはいよいよ何かに気付いたのか、ジッと獲物を狩る猫のように鋭い目で俺を見ている。


「ふーん、『策を練る』か』


 そしてジェディは面白そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 その目はどうやら全てお見通しのようだ。


「ま、今はあえて策の内容は聞かないよ。それより私が知りたいのは何故なぜの方さ。何故なにゆえ君は動かなかったんだい?」

「そんなの決まってるだろ」


 俺は周りの目なんて気にせず、言い放った。


「――ダルいから。それだけだ」

「なっ…!?」

「えぇぇっっ!?まま、マスター!!!???」


 怒りを超えた呆れの声と、裏切られたような絶望の声が両耳から響く。

 だが、そんな二人の反応とは違い、目の前のエルフ女は――


「……ぷ…っ、……くく……」


 ――華奢な身体を小刻みに震わせ、笑っていた。


「だ、ダルいから…?失敗すればまた牢獄行きになるかもしれないのに…?くすくす…オサム氏、君は本当に無気力なんだね…!」

「仕方ないだろ。それが【最適解】なんだか――」


 と、思わず余計なことを言ってしまったと後悔する。

 だが遅かった。未だに笑い転げるジェディの瞳に、違う感情が混じる。


「最適…?何もしないことが最も適した答えだと、そう言ったのかい?」

「んだよ、悪いのか?」

「いいや、全くの逆だよ」


 ジェディは顔半分まで隠れていたローブのフードを振り払うように持ち上げた。

 長い金髪が馬の尻尾のように揺れ、彼女の顔の全容が明らかになる。


「私も同じさ。オサム氏。この世はダルくてたまらない。もっと楽にズルく生きてたい。生まれたときからそう思ってるのさ」

「おぉ……」


 俺はその言葉に軽く感動を覚えていた。

 遠い異国の地、つーか異世界でまさかここまで同じ考えの者に出会えるとは。


「楽して金策」

「いいねぇ」

「不労で収益」

「最高だねぇ」

「食って寝るだけの生活」

「理想郷だねぇ」

「のんびりだらだらスローライフ」

「今すぐ額縁に入れて飾るべきだ」


 パァン。

 俺達は合図も無く、同時に手を出し合い、ハイタッチしていた。


「よし、ジェディ。お前も今日から俺達の仲間だ」

「うむ。喜んで引き受けようとも」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉっ!!?」


 歓迎の握手を仕掛けたところで、眼鏡女の絶叫に阻まれる。


「い、いいですかマスター?だってこの人…大陸でも有名な大罪人で…!」

「別にいいだろ。犯罪者ならそこにも居るし」

「…ひっく…、リーダー、追加の酒買ってきていいかー?」


 指差した先の酔っ払いはこちらの話し合いには飽きたのか、酒瓶を揺らしている。

 それを見たレムリアは何も言えず、肩を落とした。


 だがすぐに顔を上げると、ぐぬぬと拳を握りしめて食い下がってくる。


「それは…そうですけどもぉ…、それより私達には解決すべき問題があるじゃないですかー!あと三週間以内に金貨10枚を手に入れないと大変な目に――」

「あぁそうそう、そのことだけどさ」


 突如割り込んできたジェディが、口元をにんまりと歪めて告げた。


「あるよ。金貨10枚、楽に稼げる方法。にへ」

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