ワシらの魔術を返せ!
花絵 ユウキ
第一章 千三百年後の僕らは
①俺たちは奪われた 編
第1話 『お父さぁを殺したのは誰』
――魔術に値札をつける国に、父は殺された。
夏夜のぬるい風が、握るたいまつの火を寝かせたり、起こしたりする。
シーツ村の中央に据えられた緑色の
一定の歩幅で、祈りを乗せた踊りを舞って小一時間。
背の方では女たちが弦と太鼓を鳴らしていた。
笑い声はない。泣き声もない。この村に生きている者の顔だけが、祀る火に赤く照らされている。
遠くで、魔牛が一度だけ鳴いた。
村では、死者が出ると魔牛が鳴く。あれは生きるもののにおいを嗅ぎ分ける獣だと、父が教えてくれた。
脳裏にまだ新しい父の声が何度も蘇るようだった。
そのたび、ロウはたいまつをぎゅっと握り直す。指の奥に、今朝しみついた牛舎の臭いがまだ残っている。
「ホープ、真面目に踊れ」
ロウは、先ほどから背筋が曲がっている弟のホープの手を取り、小声で注意した。
「なんでお父さぁ死んだのに、こげん踊らなきゃいけんの」
「あん緑の岩は祈りの象徴。誰にも奪えん。……例え相手がチート王でもだ。だから俺らで照らして、魂が誰にも邪魔されず天国に行けるよう導く。じいちゃんが死んだときも教えたろ」
ホープは頷かず、たいまつの先を見つめていた。
ゆらめく炎が、弟の頬の涙の一筋を照らした。
「ねえ、お
その瞬間、火がひときわ高く跳ね、ロウの手が緩む。たいまつが土に滑り落ち、火の粉が散った。
ロウの橙色の瞳に、強く燃え上がるたいまつの先端が映り、湧きあがりかけた思いに息を飲む。
「……そげなこと聞くな。事故に決まっちょる」
ロウは落としたたいまつを拾い上げながら、目を伏せた。
父の腕にあった白い紋章が、あの夜、赤く滲んでいった――。
それを見た村人は、もう父を『村人』として呼ばなかった。
誰かが恐れて、誰かが手を下した。
輪の内側か……外側か。
ロウは一瞬、祭祀岩を囲む男たちの背を数えた。
しかし、すぐに視線を落とす。
数えてどうする。疑ってどうなる……。
弔いが終わり、集会所に人が流れていく。
すすり泣く声、器の触れ合う薄い音。
弟たちは順に大声で泣き出したが、末っ子のホープは声を殺し、肩だけで泣いている。
そんな中、ロウだけが涙を流していなかった。
まるで泣き方を忘れたみたいに、壁際の灯りに群がる蛾を眺めていた。
外を荒らすような風音の合間に、魔牛の鼻息が短く響いた気がした。
ロウの体が思わず牛舎の方へ振り返る。
こんなときでも、魔牛の様子が気になっていた。
この血を継ぐ者は、みな同じだ。ナインケチア一族は、魔牛と生きる家――そう教えられてきた。
「カルロさん……牛舎の
「早すぎる。まだ村にはカルロが必要なのに」
父の名が飛びかい、誰かの悔やみが耳をかすめる。
ロウは、黙ってホープの頭を撫でていた。
「ロウよ」
聞きなれたその声に顔を上げると、村の長老――レーガンがおもむろに近づいてきた。
長老の日に焼けた皺は、誰よりも深く、そして優しく見える。
「カルロ――親父さぁのこと、残念ほいならったな。弟らの前でも、お前だってまだ十二歳の子どもだろう。泣いたらよか」
ロウは首を横に振る。
「そげん暇、ない。俺はナインケチアの長男。弟ら守らんと。……それに牛も待っちょる。お父さぁの後、継がんと」
長老は目を細め、頷いた。
「カルロの牛は、我が界一落ち着いている。家畜は人の心を映す。ほいならで、お前も必ずうまくやれる。……全く、いたずら小僧が、頼もしゅなった。カルロによう似ちょる。シーツ村の誇りぞ」
そのときどこからか長老の名を呼ぶ声がして、彼はロウの頭にひとつ手を置き、離れていった。
料理のにおいが広がる。
芋を潰した団子、牛の煮こごり、香草の汁。
集会所の隅で涙を拭ったホープが、大人たちを睨んでいた。
「……な、なあホープ、腹減らんか。なんか、もろて食うか」
返事はない。代わりに、強く、短い声。
「お父さぁ殺したやつ、ここにおる」
「っそ、そげんこと言うな!」
ロウは思わず声を荒げた。
弟に向けた声のはずだった。
けれど、その言葉は高い天井に反響し、自分の耳へと突き刺さる。
「そんなわけ、なか! シーツ村は、じいちゃんの故郷で、お父さぁの故郷で、俺たちが支える村だ。みんな、優しか!」
言いながら胸が焼けついた。
「お父さぁが死んだんは……すべて、チート王のせいだ」
絞りだした言葉の裏側で、父の後ろ姿が遠く離れていく。
いつだって村の大人たちの語り草は同じだった。
千三百年前、空が裂け、異界の者が我が界に降りた。
やつは魔王を討ち、奇跡を残し、そしてすべてを奪った――あの『チート王』が。
ロウは拳を膝に押しつける。
「あんなもん、はじめから来んかったら――お父さぁは……」
そこから先の言葉は、喉の奥で詰まった。
血が滲むほど強く握った拳が、涙で揺らいで見えている。
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