失われていくもの——現代の9つの寓話 あなたは、何を失っているのか
ソコニ
第1話「いいねが切れる日」
## プロローグ:いいねの世界
2025年、世界が変わった。
SNSの「いいね」が——通貨になった。
正式名称:「ソーシャルクレジット」
略称:「いいね」
すべての経済活動が、いいねで行われる。
コンビニで買い物——10いいね
家賃——月3,000いいね
電気代——月500いいね
食事——1食50いいね
いいねの稼ぎ方——投稿するだけ。
写真、動画、テキスト。何でもいい。
誰かが「いいね」を押せば——収入になる。
人気投稿——1投稿で1,000いいね以上
普通の投稿——1投稿で10~50いいね
不人気投稿——1投稿で0~3いいね
そして——最も重要なルール。
「いいね残高が0になると——存在が消える」
正確には、脳が「その人を認識しなくなる」。
透明人間のように——誰も見えなくなる。
話しかけても——聞こえない。
触れても——気づかれない。
完全に——消える。
これが、この世界。
---
## 第一章:残高347
ユウタは、目を覚ます。
二十四歳。フリーランス。一人暮らし。
最初にすること——スマホを開く。
いいね残高を確認。
【残高:347いいね】
ユウタは——ため息をつく。
「やばい……」
昨日の残高は、412いいね。一晩で、65いいね減った。
内訳——
家賃(日割り):50いいね
電気代:5いいね
夕食:10いいね
「あと三日分しかない」
ユウタは——ベッドから飛び起きる。
投稿しなければ。すぐに。
部屋を見回す。何を撮ろう。
窓の外——曇り空。映えない。
朝食——カップ麺。映えない。
自撮り——寝起きの顔。映えない。
「くそ……」
ユウタは——鏡の前に立つ。髪を整える。服を着替える。
笑顔を作る。練習する。
「これで、いける」
スマホを構える。自撮り。
何枚も撮る。ベストな一枚を選ぶ。
編集。フィルター。明るさ調整。
キャプション——
「おはよう!今日もいい天気☀️ #朝活 #ポジティブ」
(実際は曇りだけど)
投稿。
待つ。
1分後——
いいね:3
5分後——
いいね:7
10分後——
いいね:12
「12か……」
ユウタは——画面を閉じる。
「全然足りない」
---
## 第二章:いいね稼ぎ
ユウタは——外に出る。
街を歩く。みんな——スマホを見ている。
信号待ち——スマホ。
歩きながら——スマホ。
カフェで——スマホ。
誰も、誰も見ていない。
ユウタは——カフェに入る。
注文——「カフェラテ」
支払い——50いいね
【残高:297いいね】
席に座る。スマホを開く。
カフェラテの写真を撮る。
角度を変えて、何枚も。
ベストショットを選ぶ。編集。フィルター。
キャプション——
「カフェタイム☕️ 至福のひととき✨ #カフェ巡り #おしゃれカフェ」
投稿。
待つ。
1分後——いいね:5
5分後——いいね:11
10分後——いいね:18
「18……」
ユウタは——頭を抱える。
「これじゃ、赤字だ」
カフェラテ——50いいね
投稿の収入——18いいね
差額——マイナス32いいね
ユウタは——カフェラテを見る。
まだ、飲んでいない。
撮影用に頼んだだけ。
ユウタは——一口飲む。
まずい。冷めている。
でも——飲む。50いいね払ったから。
---
## 第三章:アルゴリズムの変化
夜。ユウタは、部屋に戻る。
今日の投稿——合計8回。
朝の自撮り:12いいね
カフェラテ:18いいね
ランチ:23いいね
夕焼け:9いいね
夜ごはん:15いいね
自撮り②:11いいね
ペット動画(他人の):6いいね
名言ポスト:14いいね
合計収入——108いいね
今日の支出——
家賃:50いいね
電気・水道:10いいね
食費:60いいね
交通費:20いいね
合計支出——140いいね
差額——マイナス32いいね
【残高:315いいね → 283いいね】
「やばい……」
ユウタは——震える。
「明日は、もっと投稿しないと」
ベッドに倒れ込む。
スマホを見る。他の人の投稿を見る。
人気投稿——
美人の自撮り:いいね5,234
猫の動画:いいね3,891
豪華なディナー:いいね2,547
「なんで、こんなに差があるんだ……」
ユウタは——画面を閉じる。
眠れない。
朝4時——ユウタは、目を覚ます。
スマホの通知。
【重要なお知らせ】
アルゴリズムアップデートのお知らせ
本日より、新しいアルゴリズムを導入します。
より質の高いコンテンツが評価されるようになります。
ユウタは——嫌な予感がした。
---
## 第四章:誰もいいねを押さない
朝7時。ユウタは、いつも通り投稿する。
朝の自撮り。笑顔。編集済み。
投稿。
待つ。
1分後——いいね:0
5分後——いいね:0
10分後——いいね:1
30分後——いいね:2
「……え?」
ユウタは——何度も画面を更新する。
変わらない。いいね:2
「なんで……」
ユウタは——他の投稿を見る。
人気アカウント——いいね数、変わらず高い。
普通のアカウント——いいね数、激減。
「アルゴリズムが……変わった」
ユウタは——焦る。
もう一回、投稿。
今度は、カフェに行く。
カフェラテの写真。完璧な構図。
投稿。
1時間後——いいね:3
「3……」
ユウタは——手が震える。
【残高:283いいね】
今日の支出予定——140いいね
今日の収入——5いいね(現時点)
「死ぬ……」
---
## 第五章:消える人々
昼。ユウタは、街を歩く。
ふと——気づく。
人が、少ない。
いや——本当に少ないのか?
ユウタは——立ち止まる。
目を凝らす。
そこに——誰かいる気がする。
風が、動いている。誰かが、そこにいるような。
でも——見えない。
「消えた人……?」
ユウタは——震える。
いいね残高がゼロになった人たち。
消えた人たち。
彼らは——今も、ここにいる。
ただ——誰にも見えない。
ユウタは——歩き出す。
カフェに入る。
席に座ろうとする——
「あ、すみません。ここ座ってます」
声がする。ユウタは——周りを見る。
誰もいない。
「……誰?」
返事——ない。
ユウタは——別の席に座る。
スマホを開く。
【残高:278いいね】
(昼食代:5いいね)
「あと二日……」
---
## 第六章:最後の投稿
夜。ユウタは、必死で投稿する。
自撮り。風景。食事。名言。動画。
1時間に1回。投稿。投稿。投稿。
でも——いいねは、増えない。
1投稿につき——1~5いいね。
「なんでだよ……」
ユウタは——泣きそうになる。
他の人の投稿を見る。
人気アカウント——相変わらず、何千いいね。
「なんで、あいつらだけ……」
ユウタは——自分の過去投稿を見る。
一年前——1投稿で50~100いいね。
半年前——1投稿で30~60いいね。
三ヶ月前——1投稿で20~40いいね。
今——1投稿で1~5いいね。
「減ってる……ずっと、減ってる」
ユウタは——気づく。
自分は——飽きられている。
フォロワーは——自分に、飽きた。
アルゴリズムは——自分を、見捨てた。
ユウタは——スマホを見る。
【残高:89いいね】
あと——一日分。
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## 第七章:ゼロになる日
翌朝。ユウタは、目を覚ます。
【残高:39いいね】
(夜間の電気代:50いいね引き落とし)
「39……」
ユウタは——起き上がる。
何か、投稿しなければ。
部屋を見回す。何もない。
ユウタは——自撮りする。
無表情。疲れた顔。
でも——投稿する。
キャプション——なし。
投稿。
待つ。
1時間後——いいね:0
ユウタは——笑う。
「0か……」
もう一度、投稿。
窓の外の写真。曇り空。
投稿。
1時間後——いいね:1
「1……」
ユウタは——ベッドに倒れ込む。
スマホを見る。
【残高:40いいね】
朝食を食べる——10いいね
【残高:30いいね】
昼食を食べる——10いいね
【残高:20いいね】
夕方。ユウタは——最後の投稿をする。
自分の部屋の写真。散らかっている。
キャプション——
「さよなら」
投稿。
待つ。
1時間後——いいね:2
ユウタは——微笑む。
「2人……か」
夕食を食べる——10いいね
【残高:12いいね】
夜。電気代の自動引き落とし——20いいね
【残高:-8いいね → 0いいね】
(残高はマイナスにならない。自動的に0に)
システムメッセージ——
【残高が0になりました】
【あなたの存在は、24時間後に消滅します】
ユウタは——スマホを見る。
「そうか」
ユウタは——ベッドに横になる。
目を閉じる。
---
## エピローグ:消えた後
翌朝。ユウタは——目を覚ます。
部屋を見回す。いつもと同じ。
鏡を見る——自分が、映っている。
「あれ……?」
ユウタは——部屋を出る。
街を歩く。
人々が、歩いている。
ユウタは——誰かに話しかける。
「すみません」
相手——反応しない。
ユウタの目の前を、通り過ぎる。
「……見えてない」
ユウタは——コンビニに入る。
商品を手に取る。
レジに持っていく。
店員——ユウタを見ない。
「お会計、お願いします」
店員——無反応。
次の客を呼ぶ。
「お待たせしました」
ユウタは——そこに立っているのに。
ユウタは——商品を置く。
店を出る。
公園に行く。
ベンチに座る。
隣に——誰かいる気がする。
見えないけど——気配がする。
「……そこに、いるの?」
声がする。
「ああ、いるよ」
男の声。
「あなたも……消えた?」
「三日前に」
ユウタは——笑う。
「俺は、今日」
「何日持った?」
「三年くらいかな」
「俺は、二年」
沈黙。
男が言う。
「なあ、ここ——けっこう、いるぞ」
「消えた人」
「どれくらい?」
「数えてないけど……何百人か」
ユウタは——周りを見る。
何も見えない。
でも——風が、動いている。
誰かが、たくさん、いる。
「みんな、何してるの?」
「生きてるよ。見えないだけで」
「食事は?」
「盗む。誰も気づかないから」
「家は?」
「空き家とか。誰も見えないから、追い出されない」
ユウタは——空を見上げる。
曇り空。
「これから、どうする?」
男が聞く。
ユウタは——答える。
「分かんない」
「俺も」
二人は——黙る。
---
別の場所。
人気インフルエンサー・アヤカ。
フォロワー300万人。
彼女は——今日も投稿する。
自撮り。完璧なメイク。完璧な笑顔。
投稿。
1分後——いいね:12,847
彼女は——微笑む。
【残高:1,247,893いいね】
「今日も、順調」
彼女は——高級レストランに行く。
ディナー——500いいね。
写真を撮る。投稿。
1時間後——いいね:23,456
彼女は——笑う。
「最高」
---
別の場所。
普通の会社員・ケンジ。
彼は——SNSをやめた。
いや——できなくなった。
投稿しても、誰もいいねを押さない。
残高は——毎日、減り続けた。
でも——ある日、会社が制度を変えた。
「給料を、いいねで支給」
ケンジは——会社員として働き、毎月10,000いいねをもらう。
投稿しなくても——生きていける。
「これで、いいや」
ケンジは——SNSを見ない。
投稿もしない。
ただ——働いて、食べて、寝る。
それだけ。
---
どれが、幸せなのか——分からない。
アヤカのように、何百万いいねを持つ人生。
ケンジのように、会社に守られて生きる人生。
ユウタのように、消えて——見えなくなる人生。
どれが、正しいのか——分からない。
---
公園のベンチ。
ユウタは——今日も、座っている。
隣に——見えない誰かが、座っている。
「なあ」
ユウタが聞く。
「消えて……よかった?」
相手が答える。
「分かんない」
「でも——楽になった」
「いいね、気にしなくていいから」
ユウタは——頷く。
「そうだな」
二人は——空を見上げる。
今日も、曇り空。
【終】
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