【急募】神様、魔王様、お困りですか?~市役所の『人外相談窓口』に配属された俺、規格外の美女たちのトラブル解決に奔走することになりました~

Ruka

第1話

それが俺、 如月祐樹きさらぎ ゆうきの座右の銘だ。


スリルや冒険なんてまっぴらごめん。毎日同じ時間に出勤し、決められた仕事をこなし、定時で帰る。そんな波風の立たない平穏な日々を求め、俺は公務員になった。

そして今日、晴れて市役所職員としての一歩を踏み出す。


配属先が書かれた辞令を、俺は期待に胸を膨らませて開いた。

市民課? 税務課? どこも安定してそうだ。


『――特別生活支援課への配属を命ずる』


「……特別、生活支援課?」


聞いたことのない部署名だった。

首を傾げる俺に、人事課の職員は「ああ、あそこか」と何とも言えない憐れみの目を向ける。


「場所は、地下1階の一番奥だ。……がんばれよ、新人」


ポン、と肩を叩かれた。その力強い励ましが、なぜか俺の不安を増幅させた。


---


言われた通り、地下へと続く階段を下りる。

地上階の明るく開かれた雰囲気とは違い、ひんやりとした空気が漂う薄暗い廊下が伸びていた。備品倉庫やボイラー室が並ぶ中、一番奥にポツンと古びたプレートのかかった扉があった。


『特別生活支援課』


どう見ても、市民が気軽に立ち寄るような場所じゃない。

俺はゴクリと唾を飲み込み、意を決して扉をノックした。


「はい、どうぞー」


中から聞こえてきたのは、気の抜けた女性の声だった。

俺がおそるおそる扉を開けると、そこは想像以上にカオスな空間だった。


壁一面に並ぶのは、法律の専門書と……どう見ても黒魔術の古文書。サーバーラックにはなぜかお札がベタベタと貼られている。部屋の隅には西洋の鎧が飾られ、机の上には水晶玉が鎮座していた。

ここ、本当に市役所か?


「あ、今日から配属の新人さん? 私は日野あかり。よろしくね」


だるそうに手を振ったのは、白衣を着た女性だった。目の下には濃いクマがあり、マグカップから立ち上る湯気はなぜか淡い緑色に光っている。


「如月祐樹です。本日よりお世話になります! あの、こちらの課では一体どのような業務を……?」

「んー、まあ、見ての通り?」


日野さんは曖昧に笑うと、机の上の書類の山を顎でしゃくった。

『龍神様の固定資産税に関する陳情』

『吸血鬼の健康保険適用に関する嘆願書』

『座敷童の児童手当申請について』


……俺の知らない日本語が並んでいた。


俺が呆然としていると、日野さんは「ああ、説明してなかったね」とようやく思い出したように口を開いた。


「ここは通称。この街に人知れず暮らしている、まあ……普通じゃない方々の生活相談に乗るのが私たちの仕事」

「じ、人外……!?」

「そ。神様、妖怪、魔族、エトセトラ。彼らも結構、現代社会で生きていくのは大変でね。家賃滞納したり、ご近所トラブル起こしたり、マイナンバーカードの申請で揉めたりするわけ」


スケールが大きすぎる。俺が求めていた「安定」はどこにもない。

俺が頭を抱えてしゃがみ込みたくなった、その時だった。


カランカラン、とドアベルが鳴った。来客だ。


「あら、今日の予約は……ああ、あの方か」


日野さんが手元の予定表に目を落とす。

入ってきたのは、息をのむほど美しい女性だった。燃えるような真紅の髪に、夜空を閉じ込めたような紫の瞳。体にフィットした黒いスーツは、彼女の完璧なスタイルを強調している。その威圧感と気品は、まるで世界のすべてを支配下に置いていた女王のようだ。


「予約していたルシアだ。席へ案内してもらおうか」


有無を言わせぬその声音に、俺は金縛りにあったように動けなかった。

日野さんが「そこの席へどうぞー」と慣れた様子で促す。ルシアと名乗った女性は、俺の向かいの席に深く腰を下ろし、足を組んだ。

その完璧な所作に見とれていると、彼女は鋭い視線で俺を射抜いた。


「貴様が、今日の担当か?」

「は、はい! わたくしが担当の如月です!」


背筋が凍るようなプレッシャーに、俺は思わず敬語になる。日野さんは「じゃ、新人くん。初仕事がんばってね」とさっさと奥の給湯室に引っ込んでしまった。マジか。


「それでルシア様、本日のご相談内容とは……?」

俺が震える声で尋ねると、彼女はふい、と視線をそらし、少しだけ言いにくそうに口を開いた。


「……面接が、うまくいかなくてな」

「……はい?」

「ハローワークで紹介された企業の面接に、もう五社も落ちている」


……めんせつ? はろーわーく?

今、目の前にいる絶世の美女の口から、あまりにも庶民的な単語が飛び出してきた。


「必ず聞かれるのだ。『あなたの前職と、そこで得たスキルは何ですか?』と」

「はあ、まあ、定番の質問ですね」

「だから正直に答えている。『前職は魔王。スキルは世界征服だ』と」


俺は、笑顔で固まった。


「大陸規模での資源管理、数万の魔族軍を統率したマネジメント能力、敵対王国の武力による買収……私の経歴は完璧なはずだ。なのになぜ、どこの企業も私を採用しない!? 人間社会はそんなに人材が有り余っているのか!?」


ダンッ!! と彼女が机を叩く。机が悲鳴を上げた。

違う、そうじゃない。問題はそこじゃないんだ。


俺は目の前の、本気で悩んでいる元・魔王様と、机の上に置かれた『よくわかる! 好感度が上がる面接対策』というパンフレットを交互に見た。


「安定こそ至高」——そう願っていた俺の公務員生活は、どうやら初日にして終わりを告げたらしい。

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