第2話 引き継ぎ2

「ただいま戻りました」




引き継ぎを終えて水貴とスミレが事務所に戻った時には、日が傾きかけていた。この時間から新たに訪問に出ることは普通はない。水貴とスミレは外出中に電話がなかったことを確認し、それぞれのデスクに着席した。




「おかえりなさい」


「まあまあ早かったね」




井上の柔らかい声に次いで、管理者の倉柳の発した声はどこか沈んでいるようにも思えた。機嫌が悪いのではない。疲れているのだ。




管理者ともなれば、請求、売上報告、勤務管理などの多岐にわたる業務をこなさなければならない。ケアマネ事業所に限った話ではない。人員的に余裕のないこの事業所では、倉柳も自身もケアマネとしてケース担当をこなしつつ、管理者業務の負担がのしかかる。蓄積した疲労は周囲の目に明らかだった。




倉柳のデスクには、ケースカルテの他に自作した資料の束が積まれていた。倉柳はいったんメガネを外し、目頭を押さえ「ふう」と短いため息をつく。




地域のケアマネの勉強会に倉柳が事例を提供することになっているのだ。高身長、痩身の倉柳はいつも立っているだけでも空気を締める人だ。だが今の倉柳は動きに精彩を欠き、普段から少ない口数もここ数日はさらに数を減らしている。




「ちょっとは休憩しました?もう資料作り、だいたい終わったって言ってませんでしたっけ」




井上が倉柳の隣に腰掛け、労るような声をかける。




「最終チェックもだいたい終わったよ。緊張してるのかな、今は。井上も松原にも手伝ってもらったもんね。助かった。斎藤もケース増やしてもらって悪いね」




倉柳からもひとりひとりのメンバーに感謝を伝える。そつなく場をまとめる倉柳の心配りは、全員にいつも安心感を与える。ケアマネとしても管理職としても、倉柳が組織から重宝されているのは倉柳の備えるカリスマを考えれば当然のことだ。




「引き継ぎ無事に終わりました。斎藤さんも現場でだいぶ落ち着いて話せるので、安心して任せられると思います」水貴は報告した。




「うん。それは心配してない。どうしてもの時だけ松原が斉藤をサポートすれば十分。他所の事業所から引き継ぎだったら大変だけど、まあ今回は事業所内だし」




全てがそうではないにせよ、これまでの支援内容を事業所として把握出来ているのでスムーズに対応ができることが多い。相手がどんな性格かと知っているだけでも、だいぶ違うのだ。




「他所からの引き継ぎで動いてるケースって思わぬところでつまずく時あるからね」井上が顔をしかめた。温厚な表情を崩すことの少ない彼女だが、何かと苦労しているらしい。




「病院について来て欲しいと言われちゃあね……。前のケアマネはそれ引き受けてたんでしょう?」




倉柳は渋面を作り、いまいましげに告げた。




「当たり前のようにケアマネが受診に付き添って、利用者がそれを当たり前だと思ってる。これはまずいわけ。前のケアマネがやってくれたからと言われちゃあ、断りづらい。


それはケアマネの仕事じゃないんだから受診の時に利用者から家族にお願いして仕事を調整してでも来てもらうか、介護タクシーの費用を支払って自費対応をしてもらうか。それが正当な手段てやつだし、本人が使える手段で何とかなるように持ってくのがケアマネの仕事。


まあ、在宅医療って方法もあるしね。ケアマネで動いてしまうと利用者がそれらの手段につながらなくなる。


家族まで『え、ケアマネさんが行ってくれるんじゃないんですか』と言い出す始末。ケアマネはそういう仕事じゃないのに、間違った認識をさせた前のケアマネの落ち度だわね。こうやってケアマネのシャドーワークが増えていく。シャドーワークを減らしましょうってのは正論だけど、意識のついて来ないケアマネがいるんじゃいつまで経っても無理じゃないの」




「やるだけやって、最後まで見れずに手放すのも無責任なんですよ」呆れや苛立ち、それを隠そうともせずに井上も同調した。




まだ事務所に来て日が浅いスミレとしては、自分にどこまでの立ち回りができるのかを考えた。ケアマネジメントの本来のあり方は、自分自身の中でしっかりと認識を育て自分の物としなければならない。そうでなければ自分はシャドーワークを求められた時に、自分で解決することができないからだ。安易に動けば思わぬところで迷惑をかけてしまう人がいる。本人の自立にもつながらないし、自分も疲弊してしまう。その責任をスミレは再び噛み締めた。


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