スターチス
ヤマ
スターチス
ある配信者が、「燃えて」いた。
一言。
スクリーンショット。
SNS上で、そのどれもが、何かしらの理由を付けて糾弾される。
視聴者同士の争いが加速し、誰もが「正義」の名の下、誰かを責めては、憶測に基づき、「お気持ち」を表明する。
私はただ、配信を見て、笑って、泣いて、心の中で拍手を送ってきただけだった。
SNSに、投稿しようとして――やめた。
どんな言葉を発しても、誰かが歪曲し、言葉尻を捉え、攻撃されるかもしれないと思ったから。
静かに見守ることしかできなかった。
――でも。
沈黙は、存在を消す。
誰もが、私のような人間をいないものとして扱う。
それでも良かった。
配信を見て、グッズを眺める。
「推し」の誕生日には花を飾り、SNSに写真をアップロードする。
それだけで、十分幸せだった。
やがて、「本当のファンなら、声を上げる」という風潮が、支配していった。
私はただ、以前と変わらず、大人しく「推すこと」を続けていただけだったのに、「ファン」ではなくなったらしい。
インターネット上での言い争いは、変わらず続いている。
文字だけのものだったとしても、醜い言葉が、心に小さな傷を付けていく。
争いはもう、見たくなかった。
だから、SNSのアカウントを消した。
画面の中で、「推し」が笑っている。
その笑顔を見て、思う。
声を荒げた人たちだけが、「熱心」と呼ばれるなら。
私はきっと、「熱心」ではなかったのだろう。
――それでも。
私は今日も、同じ時間に、画面を開く。
誰にも、知られなくても。
誰にも、理解されなくても。
「好きでいること」は、まだ終わらせたくなかった。
*
配信を開始すると、チャット欄は、今日も荒れていた。
擁護、賛同、批判、反論――
スクロールする速度が速すぎて、どの言葉も意味を失っていく。
誰かが言った。
いつでも、「声の大きい人」は目立つ、と。
それが、本当だとしたら――
声の小さい人たちは、どこに行ったのだろう。
配信活動を始めた頃から、感じていた。
画面の向こうに、ただ「見ている」だけの静かな温度があることを。
コメントは残さないけれど、応援してくれる、確かにそこにいる人たち。
その暖かい静けさが、私を落ち着かせてくれた。
ある夜、過去のアーカイブを見てみた。
再生数もコメントも少ない、初期の配信。
動画の終盤、チャット欄に、黄色い花のアイコンが流れた。
茎が細く、派手さはないけれど、可愛らしい小さな花。
〈今日も楽しかったです〉
それだけ。
短いメッセージ。
そのアカウントには、見覚えがあった。
SNSで毎年、私の誕生日にお祝いの写真を上げてくれる人。
ふと、アイコンになっている花について、調べてみた。
スターチス――
その花言葉は、「変わらぬ心」、「途絶えぬ記憶」。
さらに調べてみると、花自体の共通の花言葉に加えて、色によっても異なる花言葉を持っているらしい。
紫色なら、「上品」、「淑やか」。
ピンク色なら、「永久不変」。
そして、黄色は――「愛の喜び」、「誠実」。
この人が、そこまで知っていたかはわからない。
好きな花をアイコンにしただけかもしれない。
そのアカウントを検索したが、SNS上にはもう、存在していなかった。
沈黙した人たちは、どこへ消えたのだろう。
――いや。
きっと、まだいてくれる。
言葉を多く発さずとも、
純粋に配信を楽しみ、
誠実に、
ただ、見てくれている。
そう信じて、今日も配信をしながら、私は小さく頭を下げた。
その行為が、もう届くことはないと知りながら。
それでも、言葉を紡ぐ。
「……ありがとう。声、ちゃんと届いてたよ」
〈これからも、応援しています〉
チャット欄に流れるコメント――そのアイコンは、ピンク色の小さな花だった。
スターチス ヤマ @ymhr0926
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