第14話
ホテルの部屋に入って、待っていてもスマホを取り出す気配すらしない。
こんな高いホテルに泊まって、写真の一枚も撮らないなんて凄い。
女はすぐに写真に撮りたがる。
そしてすぐにSNSにあげるから注意が必要だけど、澄は違った。
キラッキラした目で部屋を楽しむだけだった。
澄といると落ち着く。
女にはいつも牽制と警戒を自分に貸してきたけど、そういうことをしなくていいのが楽だった。
そういえば「愛さない」なんて言葉もかけてない。
そもそも愛されていないし、俺。
昨日、課長と何を話したのか、課長とどういう雰囲気になったのか。
次した約束はいつなのか。
聞きたいことは山ほどあった。
でも耐えて、敢えていいアドバイザーに徹した。
まだ時間はたくさんある。
今は自分をそばに置いておくといかに頼りになるかを示す時だ。
でもランチの時にたまらず、
「どうだった?」と聞いてしまった。
すると彼女は頬を赤らめて
「やっぱり、大人で、真面目で、素敵な方でした」
となんの臆面もなく、彼女は言った。
今、すぐ抱こう。抱き潰そう。
ひどく腹立たしくなり、その時にホテル直行を思いついた。
部屋の準備は整っていたので、時間より少し前だったけど室内に入れた。
澄の主人が、支配者が誰なのか、体に刻みつけてやる。
街並みを見下ろしながら窓で一回、ベッドでさんざんイかせて乱れさせて一回。
左右とも大きな鏡張りの洗面所で彼女自身へよがり顔を見せつけるように一回。
どれも死ぬほど気持ち良かった。
汗をかかせればかかせた分、甘い香りを漂わせるこの女に俺は良いしれた。
正直、夕飯など食べずにこのままずっと部屋にこもっていたかったけど、さすがにそれじゃ、サル並みに発情する思春期男子だ。
昨日のことを聞き出すことも必要なので、さらっと準備を促す。
彼女はとろんとろんになっていて、30オーバーを思わせないくらい可愛らしかった。
「それで、課長とはうまくいきそうなの?」
「私が聞き下手であんまり話が盛り上がらなかったんですけど、とりあえず彼女はいないらしいし、声をかけられてもコンプラが気になるから取り合わないとか言っていました」
---なるほど、臆病者の彼らしい。
「私にも突っ込んだ話は聞いてくれなくて。うまくいかないというか」
ちょっと余裕が生まれる。
「あ、でも『まだ、間に合うか』的なことを聞かれました」
「これって、私、見込みあるかな?って思っちゃったんですけど」
---は?
---分かっていたけど、もう狙っているのは確定か。
でも間に合うかって聞いたってことは、澄に敢えて口にしないだけで、他の男の存在をそれとなく感じていると言うことか。
上等だ。
「デート中にごめんね。メッセとか電話とか」
「そこは問題なかった?」
「あ、はい。相手を気にしてくれたのも、ちょっと期待が持てたりするのかなって」
「どうする?俺とは今回で一回、やめにする?」
「そうですね。これ以上だと二股しているみたいになっちゃうし、それがいいと思います」
愕然とした。
昼、あれだけ俺に求めておいて、乱れておいて、あっさりと切ろうとするのか。
そんなに俺は、おまえの心に留まらない存在なのか。
「部屋に戻ろう。チェックアウトは明日の正午までだろう?俺は結構、澄によくしてきたと思ってるんだ。最後に澄も俺を気持ち良くしてくれ」
これでこの女とは最後ーーーそう思ったら」、ひどく心が荒んだ。
部屋へ戻るや、彼女をひざづかせて
「くわえて」と要求する。
ひどく戸惑う澄を見て、激しくイラつく。
「やれよ。俺だけ搾取される側かよ?」
そういうと、納得したのかすまなそうな表情で彼女が俺の足もとにひざまづく。
おっかなびっくりでド下手だった。
でも、おっかなびっくり舐めるさまがいじらしくて、その上目遣いがたまらなくて簡単にいきそうになる。
「舌の上だと変に味わっちゃって不味いだけだから、喉の奥に出すね」
そう言って、奥で放ち、彼女は素直にそれを嚥下した。
だめだ、従わせれば従わせるほど愛しさが募る。
抱けば抱くほど、片時も話したくないという思いが募る。
思いは膨らむ一方だった。
彼女の下に触れたら、濡れている。
体はこんなに仲が良いのに、俺たちの関係性は呆れるくらい何もない。
「俺のしゃぶっただけで、こんなに濡れちゃうくらい、いやらしくなっちゃったのにね」
自分でも情けないくらい彼女にかける言葉が意地の悪いものに変わっていく。
その後もやって、彼女は初めてナカでいった。
もうたくさん味わい尽くしたじゃないか、こんな高いホテルとディナーでお礼までしてくれたのだから、ここで満足しようと自分に言い聞かせた。
でも、一回くらい、彼女の部屋に行ってみたかったなという思いや
彼女、そういや趣味のひとつに料理をあげてたよな、食べてみたかったなという後悔が頭をよぎる。
たった三回で会っただけで。
でも仮にすがった所で何も変わりやしない。
「なあ。これが俺たちの最後だ。別れる前に告白の練習してみろよ」
「俺に『愛しています』って言ってみろ。それで最後にしよう」
夜、ベッドで最後に抱いた後、腕の中で、嘘の告白を求める。
彼女が「はい」と従って
俺の目をみて「愛しています」と潤んだ瞳で俺に言った。
そのひどく空しい言葉を受け取って、俺も敢えて事務的なトーンで呟く。
「愛しているよ。おやすみ」
馬鹿みたいな恋人ごっこをしてダブルベッドで背を向けた。
決して誰にも吐くはずのなかった言葉を、
「嘘」という包装紙でくるんで相手に言わせ、自分で放つ、
悲しい言葉のやりとりに酷く心が傷んだ。
一睡もできなかった翌早朝、敗北感に胸がつぶされそうになりながら、モーニングはおろか、彼女が起きるのも待たず、俺はそっと部屋を後にした。
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