思考を止めたら勿体無い

月下 ひま

不明 (完結)

この時期になると猛暑を乗り切った虫たちが現れる。私はテーブルの上にいた小さなハエではない三角形のような茶色の幼虫がいて「家の中に入ってきたのか」と若干苛立ってしまった。

外へ逃がしてあげるのが一番だが、彼らに言葉は通じない。私も苦手だから手で触ることが出来なかった。新聞紙を丸めてその虫を叩き潰してしまった。残酷ではあるがその屍を何枚も重ねたティッシュで包んで捨てた。


10月8日の丑三つ時のことだった。

徐に外へ出た。

静まり返った夜の風景は昼間と違い品がある一級品だ。

昼間の暖かさすら忘れてしまうほど冷えた風が、まるで爪を立ててなぞる様のように私へあたってくる。南西の方を見れば空が明るい。都心の人工の光は凄まじいと感じるが、私はこの時やけに空が明るいと感じた。

声をかけられたかの様に空を見上げた。思わず驚いてしまった。

お月様は私の頭上にいて、凄まじく輝きを放っていた。周辺のまるで羊の群れの様な雲すら照らし、空一面が明るくなっていたのだ。

そしてちょうど羊の群れが途切れてる部分からお月様は顔を出した。その輝きは私の足元、地面まで照らしている。夜明けかと錯覚してしまうほど明るかった。

気がつけば目の前に見知らぬ少女が立っていた。

私は驚く間も無く、ただ呆然と立ち尽くしていた。

少女は茶色のコートの様なポンチョのようなものを羽織っていた。

綺麗に見えた。羽織物の後ろは大きく広がっている様で、まるで羽のように見えるその独特な雰囲気は目が惹かれた。

特にアクションを起こすことなくこちらを見つめている。しばらくして私の中に恐怖心が芽生えてきた。

「誰ですか?」と不意に聞いてしまった。しかし少女は答えを教えてくれない。私はこの状況でどう応えればいいのか分からなかった。

もう一度お月様に目線を送った。お月様は厚い雲の中へ隠れてしまっていた。あたり一面の夜空も暗くなって、少女へ目をやると、もういなくなっていた。

私は急な寒気を感じた。家の中へ急いで入ろうとした。

玄関の前の電灯に蛾が1匹飛び回っていた。

家の中へ入らないで欲しいと願いながらドアを開け急いで中へ入った。

私は何処か体のだるさが抜けた様な、さっきまでのこころのぐちゃぐちゃした何かが抜けてしまった、そんな軽い気持ちで玄関を後にした。

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