第6話 盗賊の引き渡し

 様々な国がある中の一つに、イマギニスという国がある。


 その王都をグルリと囲む石造りの障壁——————魔物や賊の類といった人に害なすモノの侵入を防ぐために造られたその壁に、木造の分厚い大門が設置されていた。


 そこは、太陽が沈むまで開門しているが…………………今は、はかない月の光だけが頼りである真っ暗な夜の時間帯である。当然、大門は閉まっているので出入りする事は不可能である。



 ————だが、なのである。



 なぜそうなのか?


 それは、夜に紛れて奇襲をかける集団行動を得意とする魔物や悪党が昼間よりも断然、増すからだ。

 そのため、大門には真夜中にも関わらず常に騎士が複数人で警備している。


「おい、そろそろ交代だぞ」


 左頬に一本の大きな古傷が目立つ屈強そうな騎士が、大門のすぐ隣にある小さな扉から現れると、警備していたやりを持つ若い騎士に声をかけた。


「ああ、もうそんな時間か。分かりました。すぐに————」


 そう言いかけたとき。


 大門の目の前に——————光を発した魔法陣が現れたのだ。


 「な、なんだ ⁈」


 若い騎士は、そう驚きながらも手にしていた槍を構え魔法陣から目を離さなかった。

 そして、光がパァッと弾けると——————中から一匹の狼と、その後ろに縛り上げられたガラの悪い男達が姿を見せた。


 「こ、この者達は! いや、それよりも———この狼…………まさか魔物か ⁈」


 そう言うと、構えている槍をさらに狼の魔物に突き出した。



 ————だが、それを止めた者がいた。



 「大丈夫だ。————こいつは従魔なんだ。安心しろ」


 先程、交代の時間に出てきた———顔に古傷がある騎士である。


 「ですが、 ‼」


 なんと、その騎士は門番を任されている隊のリーダーであった。

 槍を持った若い騎士———部下は、なぜそう言い切れるのか不思議でならなかった。

 すると、隊長は狼の魔物に指を指した。


 「よく見ろ。その魔狼まろう、首に袋をぶら下げているだろ。それに————これは、いつものことだ」


 「………は?」


 部下は、『いつものこと』と言う隊長の言葉が理解できなかった。


 「ん?………ああ、そうか。お前は、確か新入りだったな。この魔狼は——————あの噂の人物である【白銀の魔法使い】の従魔なんだよ」


 「………えっ、あの⁈」


 そう目を丸くする部下は、再度その狼の魔物———魔狼を見返した。

 すると、その魔狼が隊長の方へ向かい、目の前で「ガゥッ」と鳴いた。


 近くまで来たその魔狼は、成人男性の身長の半分まではあろう大きさだった。


 「おう。いつも、ありがとな。そいつらは………盗賊だな」


 隊長は、盗賊を一睨みした後———魔狼を怖がることもなく頭を撫で、首にかけられた袋の中身を取り出した。

 その中に入っていたのは、小さく折りたたまれた一枚の紙であった。

 

「ふむ………」


 隊長は、その紙を開いて———そこに書かれていることを読む。


 そこには、ここにいる盗賊を引き渡す事と襲われた村の者に死者はいない————という旨が書いてあった。


 「なるほど。いつも思うが————さすがだな」

 

 そうフッと笑いながら呟くと、隊長は部下に「その盗賊をしっかり見張れ」と言い、小さな扉を再びくぐったのだった。


 ————そして、待つこと数分。


 隊長は、ジャラッと音を鳴らす古びた麻袋を手にして再び戻ってきた。


 「ほれ、盗賊の討伐報酬だ。嵩張かさばらないように大銀貨が、十枚ほど入っているからな。主人にちゃんと渡せよ?」


 隊長の言葉を聞き、魔狼は分かっているとでも言っているかのように「ガウ!」とさっきよりも強く鳴いたのだった。

 その鳴き声を聞くと隊長は少し口角を上げ、その麻袋を魔狼の首にかかっていた袋に入れた。


 「よし、行っていいぞ。…………それと、主人に俺が礼を言ってたと伝えといてくれ————と言っても、伝えられないか」


 ポツリと言う隊長の言葉を理解したのか——————魔狼はフッと笑ったような気がした。


 隊長———彼には、そう見えたのだった。

 

 そして、魔狼はクルッと体を後ろに回してスタスタと歩いていくと————再び、あの魔法陣が浮かび上がった。

 魔狼が、そこに乗るとシュンッと姿が消え、魔法陣もスーッと無くなっていく。


 一部始終を見ていた部下は、何やらスゴイものを見たかのように感じた。


 「————【白銀の魔法使い】って、一体何者なんですかね…………」


 部下は、隊長にポーッとしながら聞いた。

 が、隊長は肩をすくめながら————


 「さぁ? 俺にも、分からん。だが、一つ言えることは…………もう、あの従魔は来ないだろうな」


 隊長が断言した事に部下は「え、なぜですか?」と問うたのだった。


 「なぜってお前。今回ので、この国の賊という賊は全て捕らえられたんだぞ。当分の間、そのたぐいの問題は無いだろうが」


 衝撃的な事実を聞き、部下は目を点にした。

 たった数年前、突如と【白銀の魔法使い】が現れ、数々の盗賊討伐の噂を聞いたが————それを今回ので全て………………。


 「…………だが、盗賊の被害が今のところ無くなったのは確かだが、他の問題は解決にはまだ至ってないからな。気を引き締めろ」


 そう厳しく言う隊長の話を聞き部下は、ハッとした。


 「そうですね。———分かりました! 今後とも、さらに気を引き締めて仕事を務めさせて頂きます!」


 ビシッと背を伸ばしながら、部下は隊長の前でそう宣言した。


 「そうか…………。では、俺はこの事を報告書に書かなければならんのでな。もう少し、見張りを頼む」


 「…………へ? こ、交代では?」


 そんな間の抜けた声を出す部下を置いて、隊長は縛り上げられた盗賊達を引きずりながら詰め所に向かった後、報告書を様々な機関へ送るため執務室にこもったのだった。

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