第12話「新しい試練」

第12話「新しい試練」



 環境整備魔法局が全国展開を始めて、半年が過ぎた。

 支援魔法使いたちは、各地で着実に成果を上げていた。

 だが、その成功が、予期しない問題を生み出した。


 ある朝、エドワード部長が僕を呼んだ。

「優真さん、大変なことになりました」

「どうしたんですか?」

「各地から、苦情が届き始めたんです」

「苦情?」

 僕は驚いた。

「何の苦情ですか?」

「支援魔法使いたちが、職人の仕事を奪っているというものです」

「仕事を奪っている?」

「ああ。例えば、採鉱町の例ですが、あなたの部下が坑道を安定化させる魔法をかけた」

 部長は説明を続けた。

「その結果、採掘作業がずっと安全になり、より多くの鉱石が採掘できるようになった」

「良いことだと思ったのですが」

「そこです。作業効率が上がったということは、採掘者の数を減らすことができるということになります」

「……」

「つまり、職人たちは『魔法に仕事を奪われた』と感じているんです」


 その日の午後、全国からの苦情の手紙を読んだ。

『支援魔法使いによって、採掘作業の効率が上がり、人員削減を余儀なくされました。貴局は、責任を取ってください』

『港での荷物運搬が楽になりすぎて、我々の力仕事が不要になりました。貴局に抗議します』

『農村での作業効率化により、雇用者の数が減りました。貴局は地域経済を破壊しています』

 全ての手紙に、怒りが満ちていた。

「これは……」

 僕は頭を抱えた。

 支援魔法が、仕事を奪っているのか。

 誰かを幸せにするための魔法が、一方で誰かを不幸にしているのか。


 その夜、リリアに相談した。

「このままではいけません」

 リリアは真剣な顔で言った。

「各地に、直接行って話を聞くべきです」

「わかりました」

「優真さんの理念は正しいと思います。でも、それが全ての人に正しいとは限らない」

 リリアは言った。

「大切なのは、異なる立場の人々と、どう向き合うかなんです」


 翌週、僕は採鉱町に向かった。

 採掘者の代表たちと、会議を持つ必要があった。

 採鉱町に着くと、真っ黒な顔をした男たちが、僕を待っていた。

「お前が、局長か」

 代表の男が言った。

「はい」

「我々の仕事を奪ったのは、お前だ」

「申し訳ありません」

「謝って済む問題か!」

 男は声を荒げた。

「我々は、何十年もこの仕事をしてきた。家族を養うために、毎日危険な坑道に入ってきた」

「……」

「それが、お前の魔法で、いとも簡単に不要になった」

「そうなんですか?」

「そうだ。坑道が安全になったから、人員削減だと言われた。お前のせいで、我々は職を失った」

 僕は沈黙した。

 その時、一人の年配の採掘者が前に出てきた。

「待てよ」

 彼は代表に言った。

「話をちゃんと聞こう」

「何言ってんだ」

「お前たちは、坑道が安全になったことに不満か?」

「そうじゃなくて、仕事を失ったことに不満なんだ」

「でもな、坑道が安全になったから、多くの仲間の命が救われた」

 年配者は続けた。

「これまで、毎年何人が事故で死んでいたと思う?」

 部屋が静まった。

「俺たちの仲間が死ぬたびに、俺たちは『これが仕事だ』って思い込んできた。でも、本当はそうじゃなかった」

 年配者は僕を見た。

「お前の魔法で、俺たちの仲間が死ななくなった。それは、悪いことか?」

「いえ」

 僕は答えた。

「悪いことではありません」

「ではな、仕事のやり方を変えるしかないんだ」

 年配者は代表に言った。

「安全になったから、今度は効率だけを求めるのではなく、より多くの仲間を雇って、みんなで少しずつ働く。そういう方法だってあるはずだ」

「そんなこと……」

「試してみればいい」


 その後、僕は採掘者たちとの話し合いを続けた。

 年配者の提案に従い、新しい雇用体系を検討することにした。

 安全性が上がった分、より多くの人を雇い、一人当たりの労働量を減らす。

 その代わり、賃金は維持する。

 そうすることで、誰も仕事を失わずに、みんなが恩恵を受けることができる。

「お前の魔法は、本当は良いものなんだ」

 年配者が言った。

「でも、その後をどうするか、それが大事なんだ」

「わかりました」

 僕はそう答えた。


 港町でも、同じような問題が起きていた。

 荷物運搬が楽になったことで、作業員の数が減らされていたのだ。

 だが、ここでは違う解決策が考えられた。

 作業効率が上がったことで、より多くの仕事を受け付けることができるようになった。

 結果として、作業員の数は減らずに、むしろ増えたのだ。

 余った人手は、港の設備改善に当てられることにした。

「お前の魔法のおかげで、港が発展した」

 港の責任者が言った。

「こんなに素敵なことはない」


 農村地帯でも、似たような話し合いが行われた。

 農作業効率が上がった分、農業以外の新しい産業を立ち上げることが検討された。

 織物、陶芸、酒造。

 これまで農民たちが片手間でやっていた仕事を、本格化させるのだ。

 そのための施設を、支援魔法で作ることにしたのだ。


 各地を巡回して、全ての問題に向き合った。

 その結果、わかったことがある。

「支援魔法は、単に環境を整えるだけではだめなんです」

 僕はスタッフミーティングで、そう宣言した。

「その後に、人々が新しい可能性を切り開くための手助けが必要です」

「どういう意味ですか?」

 ジャックが尋ねた。

「例えば、安全性が上がったら、より質の高い仕事ができるようになります」

 僕は説明した。

「効率が上がったら、新しい産業に投資できるようになります」

「つまり、魔法の効果を、どう活かすかが大切ってことですね」

「その通りです」


 新しい方針を打ち出した。

『環境整備魔法局の新しい理念』

『我々は、単に環境を整えるだけではなく、その後に新しい可能性が生まれるような支援を目指します』

『支援魔法によって効率が上がったら、その分を新しい産業や雇用に当てる手助けをします』

『地域の発展と、人々の幸せが両立する世界を作ることが、我々の目標です』


 その夜、僕はリリアと共に、城壁の上に立った。

「大変でしたね」

 リリアが言った。

「ええ。でも、大切な気づきをもらいました」

「何ですか?」

「支援魔法は、一つの手段に過ぎないってことです」

 僕は城を見下ろした。

「誰も気づかない支援も、その後に人々が幸せになるための仕組みが必要だ」

「その通りです」

「ガルドのように、僕の理念を理解して、その先を考えてくれる人が必要なんです」

「ええ。そういう人たちと心を通わせることが、真の発展につながるんです」


 翌月、採掘者の代表と、新しい雇用契約を結んだ。

 効率化による利益を、雇用者の福利厚生に充てることが決まった。

 港では、新しい施設建設が始まった。

 農村では、新しい産業の立ち上げに向けて、準備が進んでいた。

 全てが、支援魔法と、地域の人々の心の協力によって成り立っていた。


 その時、僕は気づいた。

 追放されたあの日、レオンたちが僕を必要としなかったのは、僕の魔法の価値をわかっていなかったからではなく、その先を見る力がなかったからなんだ。

 でも、ガルド、リリア、年配の採掘者、港の責任者。

 彼らは、僕の魔法の先にある可能性を見ている。

 その人たちとの協力が、真の発展を生むのだ。


 新しい手紙を書いた。

『全ての同志へ

 最近、試練に直面しました。

 支援魔法が、一方で仕事を奪うことになるのではないか、という懸念です。

 ですが、その懸念の中にこそ、真の理念が隠れていることに気づきました。

 支援魔法は、新しい可能性を生むためのものです。

 その後に、人々が幸せになるための仕組みを、一緒に考えることが大切です。

 地域の人々と心を通わせ、共に新しい未来を作っていきましょう。

 優真より』

 手紙を書き終えて、僕は窓の外を見た。

 王都は、夜の帳に包まれている。

 その中で、多くの人々が働き、生活している。

 その全てが、小さな支援と、大きな協力によって支えられている。

 誰も気づかない"歩きやすさ"は、実は、多くの人の心が作り上げるものなんだ。


第12話 了


次回、第13話「心と心の絆」に続く

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