タイムトラベル・エスケープ・シンギュラリティ

@hinoki_k

エンゲージ・ヒューチャーガール1

 2028年に開校された日下ひのした大学附属高等学校は、開校から7年しか経っていないのにも関わらず、研究者養成学校として日本国内での地位を確固たるものとしていた。次世代の研究機関として設立された同校は、2000年初頭に設立された日下商事を筆頭とする日下グループから多額の出資を受けることで、デジタル化が可能な設備に関しては高度にデジタル化されていた。

 そんな日下高校の放課後、殆どの生徒が帰宅する中で、隅野すみの ひかりは憂鬱な表情を隠せないでいた。

食堂の窓からは夕陽が差し込んでいる。眼鏡に投影されたARディスプレイに視線を移すと、時刻は十八時過ぎになっていた。

「もう十八時か……なんで……?」

三日前の六月五日、体調不良で学校を欠席した光は、先ほどまで理科室で一人実験を行っていた。休んだ日に授業で実験をしたらしく、担任の藤岡に居残りで実験するよう命じられたためだ。実験の合間の休憩がてらにお菓子と缶コーヒー片手にのんびりしたはいいものの、集中が切れてしまったためか疲れを自覚してしまった。

 今日はもう頑張れないな……。確か残っているのは、実験結果をまとめたレポートを書くだけだったはず。明日に回しても終わるだろうか。いや、明日は部活動があったはずだ、今日中にやらなければ。

頭の中で大雑把に考えながら残りのコーヒーを呷る。溜め息をつきながら若干ボサついた髪をヘアゴムでまとめ、光は席を立った。


 理科室へ戻る途中、何度かラムダとすれ違った。LMD-01(Light Mobility Drone)で愛称がラムダ、四足歩行の小型ロボット配達機だ。薄い長方形をした胴体に足が四本ついていて、胴体の上に荷物固定用の電磁石が設置されている。犬みたいでかわいい。

日下高校の購買にはオンラインショップが存在する。学内ネットに接続すれば利用でき、学校の敷地内であれば、理科室やサーバールームなど一部の教室を除いて、基本どこでもラムダが配達してくれる仕組みだ。

光もよく利用している。今日も理科室じゃなければ利用していた。実験器具や薬品が多数存在するため、理科室はデジタル化の恩恵をあまり受けられないのだ。仕方のないことではあるが、それはそれとして少しだけ腹が立つ。

 そのまま十分ほど歩き、理科室のある棟へ移動した。日下高校は研究者を輩出することを目的としているために専門機器が多く、その分教室の数が多いのだ。当然ながら敷地も広い。敷地を全部使えば逃走中くらいは開催できるんじゃないだろうか、と思ったこともあるほどだ。

 光の所属する理工学科専用の理科室は南棟3階の角にある。エスカレーターに乗って3階まで上り、歩みを進める。今日は人が少ないらしい、サーバールームや教室は光がついておらず、誰もいなかった。

若干の薄気味悪さを感じてしまい、後悔する。光はお化けが苦手なのだ、余計なことを考えなければよかった。無人の廊下を早足で歩き、理科準備室の前を通り過ぎようとした時、ボンッと大きな音がした。

「ひゃっ! …………」

 理科準備室の扉を見つめる。急になんだと思いながらしばらく固まっていると、なんだか焦げ臭いにおいが漂ってきた。

もしかして火事だろうか。もしそうなら放っておくわけにはいかない。非常に不本意ではあるが、確認くらいはしなければ。気が進まないが仕方あるまい。

 光は意を決すると、理科準備室の扉を開けた。

「だ、大丈夫ですか……」

誰に話すわけでもなく声が漏れる。ドアノブに手をかけながら、ゆっくりと扉を開いてゆく。

 そうして扉を開いた光は、謎の少女と目を合わせることになった。

 光は予想外の事態に固まってしまった。こんなところで何をしているんだろう。高校の制服を着ているわけではないから、部外者だろうか。そうでなければ不審者か。

 思考を巡らせた光だったが、どうやら予想外だったのは、目の前の少女も同じらしかった。

 少女は巨大なアンテナがついた、煙を発する機械を両手に持ちながら、驚いた様子でこちらを見つめている。焦げ臭い匂いの発生源はあれだろう。手に持っている機械はトランシーバーか何かだろうか。

 そうして数秒ほど見つめ合った結果、先に正気を取り戻したのは光だった。

「ど、どちら様ですか?」

迷子の新入生だろうか。日下高校は敷地が広いため、新入生はよく迷子になるのだ。よくわからない機械を持っているが……大した問題じゃないだろう。

そう思った光は、眼鏡のフレームに備え付けられたボタンを操作して目の前の少女をスキャンした。日下高校では、学内ネットに接続していれば相手の情報を調べることができる。最も名前と学年、所属学科くらいだが、大抵の場合はそれで十分だ。今もそうだろう。

 そう思っていた光だったが、仮想ディスプレイに表示されたのは「No Applicable information」の文字だけだった。

該当情報なし。光の背中に冷たい汗が流れる。

 ガチャリと重く、冷たい音を光の耳が捉えた。嫌な音だ。光が視線を仮想ディスプレイから目の前の少女に移すと、偶然か分からないが目が合った。

少女は、特徴的な形状をした銃を手にしていた。先程まで持っていた、巨大なアンテナのついた機械は床に投げ捨てられている。

硬直する光に向かって銃口が向けられ、引き金が引かれる。

 光の意識は闇に包まれた。

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