4話
その日の夜。ある人に電話を掛けた。
「もしもし」
「すみません、今大丈夫でしたか? 葵先輩」
「ああ、大丈夫だ。わざわざ掛けてくるなんて珍しいな。どうしたんだ?」
薄井葵先輩は演劇サークルで二つ上の先輩だ。誰に掛けるか迷ったが、サークル内で一番真面目で仲の良いこの先輩に彼女のことについて話すことにした。
「実は……」
「……という訳です」
「……成る程、それで今日は来なかったのか」
「……信じてくれるんですか?」
こんな突飛な話、到底信じてもらえないと思っていたけど……。
「……確かに最初聞いたときは信じられなかったが、四月馬鹿でもないのにお前がこんな悪い冗談を言うとも思えないからな。」
余りにも信じがたい話なのにこうして真剣に聞いてくれる。やっぱり、最初に葵先輩に話して良かった。
「……俺、雛子が車にぶつかったときに一緒だったんです。でもそのとき、彼女を守れなかった。……情けないですよね。こんな俺が彼女の恋人で良いのでしょうか。」
思わず弱気な言葉を吐いてしまった。こんなこと先輩に言うつもり無かったのに。ああ、なんて自分は惨めな奴なんだ。
「……俺はお前のこと、情けない奴だなんて思わないぞ」
「え?」
「お前は雛子を守ることが出来なかった、と言っているがそんな危ない状況で誰かを守ろうとするなんて無謀にも程がある。……守れなかったことを嘆くより、無事だったことを喜んだ方が良いんじゃないか?」
「そうかもしれないですけど……記憶喪失になっているんですよ?」
「なら、お前がサポートしてやれば良い。お前は『彼氏』なんだろう?」
彼女をサポートする。そうか、これが今やるべきことだったんだ。当たり前のことなのにどうして気づけなかったのだろう。
「……ありがとうございます。先輩のおかげでなにかが見えてきました」
「そうか。……何かあったら頼れよ」
「はい、ではまた」
通話を終えて、明日病院に行く準備を始めた。
翌日、再び雛子の病室の前に立った。……緊張する。彼女に拒絶されたりしないだろうか。大きく息を吸って吐いた後、思い切ってドアを開けた。
「江口さん。また来てくださったんですね。」
そこには昨日と同じように雛子がいた。けれども、昨日よりもその声が優しい響きを持っているように感じられた
「……覚えていてくれたんですか?」
「覚えているも何も昨日会ったばかりじゃないですか。今日も記憶が無くなる前の私の話を聞かせてください」
「あ、その前に話しておきたいことが……」
「何ですか?」
俺は彼女にこれから毎日来ること、その際必要なものがあれば教えてほしいこと等を伝えた。
「そうですか、すごく助かります。先ほど母に会いましたが忙しくて中々来られそうにないそうなので」
思っていたよりもあっさりとOKされて拍子抜けしてしまった。
「では、今後必要そうなものとか色々用意するので今日は早めに帰りますね。明日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
こうして彼女のサポートをしながら大学に通う生活が始まった。
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