折れ羽に道なし
午後の恐竜💣
第1話 生活
ぼくらの
外にはいるんだろうか。神様というものが。きっといるに違いない。そういう言葉があるんだから。
……だから、ぼくらは神をつくる。ずっとずっと永遠に、神様が欲しいと思い至ったその時から、もういらないと思う未来まで。
──朝起きて、翼の付け根に違和感を覚えた。見ると、羽根が1本折れていた。羽根が抜けるのはよくあるが、折れるのはあまり聞かない。たまに怪我をした時、一緒に起こるくらい。ぼくの粗末な翼ではなんの価値もないけれど……、「羽根が折れたら嵐の触れ」。そのことわざはよく聞くものだった。
しかしそんなのに意味はない。他にどこへやるあてもないので、ぼくは羽根を食べた。
広い部屋に向かう。母、ハョールム・アイヌヴァルが怪訝な顔で見てきた。
ちなみにぼくの名前はシャハルディル・アイヌヴァルという。
「あら、起きたの?…………なにもぐもぐしてるの?」
「羽根。おいしくない」
「そりゃそうよ!ほんと変な子だわ。
……そうだ、せっかく早く起きたんだから『神様』のとこ行きなさい。準備はしっかりね!」
「は、あ、い~」
あくびをひとつ。水桶と、布巾、母からもらった食料筒を持って木牢に入る。
「おはよぉございまぁす。」
両手が塞がっている。足か羽か迷って、さっきのことを思い返して足で扉を開ける。
牢のなかは、冷えた朝霧よりさらに寒かった。
かちゃりと響く金属の、すえた音。『神様』をつなぐ枷の鎖だ。そうやって身じろぎした『神様』は、ぼくを何か言いたげに睨んだ。
「……なにかご用、ですか?──んん、分かんないな」
ひとりごちて布を水に浸す。
「失礼しますよ~……」
声をかけて服を脱がす。細い身体。腕は拘束されている。ぼくがいつも拭いているから肌はきれいだ。汲み水の温度が堪えたのか、彼女の肩がぴくりと跳ねた。なんだか申し訳ない。
神様の口に食料筒を運んで、ストローを口の隙間に突っ込む。縫ってある糸が突っ張って痛そうだけれど、こうするのが決まりなのだ。
ぼくの邑に神はいない。だからぼくらは神様を作り続ける。
ぼくらがいる原野グィリンジャーには、昔から「源史」といわれる口伝の昔話がある。なので元々の話から変形してぐちゃぐちゃである。
曰く、遠き今に英雄有り。
曰く、英雄はもの言わず、これと見える四肢もなく、全知にして全能。
曰く、英雄はおよそ十日をかけ有翼の「 」に近づき、十日めに偽りの翼を棄て完成する。
こんな感じで、ほとんどなにも分からない。しかも、正確だとはっきりしてるのがこれだけらしいから、後はもう好き勝手に足されたり消されたり。
そしてぼくらの邑の祖は、これを「神様みたいな存在はこのように造ればいいんだ」と思ったようだ。そんな中で、普通とは違うひとを一人どうにかこうにか『神様』に近づけようとしてきた。
未完成の『神様』は不思議と絶えることなく見つかり続け、失敗して、消費され、今に至る。
そんなわけで、神様づくりはイネルファ・タウト……今風に言うと「神の子」、つまり神様見習いを見つけるところからはじめ──
くい、と袖が引っ張られた。
眉根を寄せた神様が、ぼくの服を引く。大きい寝間着だから、引っ張られて肩が出た。普通に寒い。ぼうっとしていた間に食べ終わったみたいだ……やっぱり、ぼんやりしてたのがバレただろうか。
「おっと。もう食べちゃいました?こんだけだと少なくないですか?」
小さく首がふられる。
「じゃあ……困ってることとか」
これも同じ。
「他に、なにかお願いありますか?」
赤い糸が震えた。彼女の口の皮膚が不安なほど引きつる。
「わ、危ないですよ」
手が持ち上げられ、じゃらじゃら鎖が鳴った。
なんだろう……?
じゃらり、手で招かれた。神様に近寄る。
「え、なにか──?」
ぐっ、と襟を引かれ、きれいに整えられる。白い、白い、まっすぐな髪が頬をかすめて、……最後に背中をぽんと押された。
「へっ? ぁ……ありがとうございます」
神様から、ふと息が漏れた。彼女がほんのり微笑んだ、気がした。
神様の木牢を辞して家に帰る途中で、友達につかまった。
「はよっすー、
声変わり中の耳障りなそれが耳に突き刺さる。
「おはよ。……いつもの羊はどうしたの、ジェイン。まさかサボり?」
「ばっか、今日はハロンがやってんだよ」
「ハロン……妹が?やっぱりサボりじゃないか」
やれやれと言わんばかりに牧杖を振り回し、彼のハシバミの翼も一緒に揺れる。
「ちっげえって。あいつがオレの犬と杖持ってって、『羊を小突いてた兄ちゃんには任せられないわ!きのう、あたし見たんだから!』ってよ」
まったく自業自得だ。
「そう、ハル、世話してきたってことは、もう朝飯食ったんだよな」
「まだ。早めに牢へ行ってきただけ」
「あ、なあんだ。そうだよ、いつものハルが薄明に起きてるわけぁねーもんな」
「うっるさいな……。そんなに暇なら、神様とお話でもしてくれば?」
「ぎ」
ジェインの顔が曇る。ぼくは畳みかけた。
「たまにはよくない?せっかくの家族なんだから、さ」
ジェイン・ティル・ラークス。神の子イネルファ・タウトの、弟だ。
「………………。それは、いやだ、なんか」
「どうして」
ジェインは腕で顔を隠すようにして、言う。
「だって…………怖いだろ。オレは……ああして生きるのは、無理だ。耐えられない。なんでなにも、なにか……嫌がったりしないんだ?」
ジェインは、本当に神様の考えが分からないらしい。憐憫と不安は、不理解へと変わる。ぼくだって共感できなくも、ないけれど……
「ジェイン。誰も聞いてなくて良かったよ」
「あぁ……。そう」
友人はギュッと顔をしかめて話を締めた。
「……じゃ。オレ、ハロン追っかけることにするわ」
「待ってジェイン」
止まった背中に棘を投げつける。
「──『パドレ』って呼ぶな。二度と」
「分かったよ、けっ」
去っていくジェインの表情は見えなかった。
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