第三章:覚えててくれてましたか?
高校に入ってからの生活は、正直うまくいってた。
編入生って肩書きはすぐに消えて、気づけば普通にクラスの輪にも馴染んでた。
体育の後、男子連中とくだらない話で盛り上がって、放課後は部活で汗かいて、たまに教室で寝落ちして。
月乃とは自然と話すようになってた。
昼休みに一緒に飯食ったり、ノート貸し借りしたり。
家がわりと近くて、帰り道が被ることも多かった。
周りから何か言われても、気にしないようにしてた。
別に付き合ってるわけじゃないし、ただのクラスメイト──
って言い訳しながらも、心のどっかでちょっと期待してる自分がいた。
そんなある日の放課後だった。
商店街の裏の細い路地を通って、駅へ向かってたとき。
向かいから、小柄な女子が歩いてきた。
「……あの、すみません」
急に声をかけられて、俺は立ち止まった。
白い髪。制服は中学のものだった。
見覚えのあるような、でもすぐに名前が出てこない顔。
「道、聞いてもいいですか?」
「……ああ、ごめん。ちょっと急いでて、また今度でいい?」
スマホで時間を確認して、軽く会釈してそのまま歩き出した。
後ろから何か言われた気がしたけど、足を止めるほどでもないと思って、振り返らなかった。
そのまま走って電車に飛び乗った。
……あの子、もしかして。
そんな思考を、電車のアナウンスがかき消す。
その日以降、あの白髪の少女を見かけることはなかった。
~~~
時間は流れた。
季節は秋から冬に変わり、気づけばもう3月。
一年の終わりが、すぐそこまで来ていた。
あの日は、期末テストも終わって、みんな気が抜けていた。
校舎裏のベンチで月乃と話してるとき、なんとなく誘ってみた。
「なあ、今からちょっと寄り道しない?」
「どこ?」
「見晴らしのいいとこ、あるんだよ。昔よく行ってた」
「いいよ」
月乃はすぐに頷いて、上着のボタンを留めた。
連れて行ったのは、街外れの高台だった。
夕方になると、街全体がオレンジに染まるような場所。
フェンスにもたれて、俺たちはしばらく黙って景色を見てた。
「……ここ、いい場所だね」
「だろ? 子どものころ、家がこの近くだったんだよ」
「へえ……じゃあ、懐かしい場所?」
「まあ、そんな感じ」
沈黙が流れた。
風が冷たくて、制服の隙間から入ってきたけど、不思議と寒さは感じなかった。
「月乃」
「ん?」
俺は深く息を吸ってから、言葉を絞り出した。
「好きだ。……よかったら、俺と付き合ってくれないか」
月乃は少し驚いた顔をしたあと、すぐに目を伏せて、小さく笑った。
「……うん。いいよ」
その返事が、思ったよりもあっさりしていて、逆にドキドキした。
「ほんとに?」
「うん。嘘じゃないよ」
月乃はそう言って、俺の制服の袖を軽く掴んだ。
その手の温もりが、はっきりと伝わってきた。
〜〜〜
「……じゃあさ、せっかくだし、なんか記念になるもの買いに行かない?」
高台からの帰り道、坂を降りながら月乃がぽつりと提案してくる。
「記念?」
「うん、今日から付き合うってことで……お揃いの何か、欲しいなって思って」
言われて、なんだか照れくさいような、でもすごくうれしい気持ちが込み上げてくる。
「……たとえば?」
「うーん、ストラップでも、文房具でも、なんでもいいけど……」
月乃は俺の顔をちらっと見て、ちょっとだけいたずらっぽく笑う。
「でも、目立つのは恥ずかしいから、さりげないやつがいいな」
その言葉を聞いて、胸がまたドキドキし始める。
「わかった。……どっか見て回ろうか」
「うんっ」
並んで歩きながらするたわいもないやりとりが、やけに楽しくて。
心の中で、何度も幸せを噛み締めていた。
そしてその日、俺たちがその高台にいたことを──
少し離れた所から、ずっと見ていた目があったことに、
俺はまだ気づいていなかった。
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