第一章:監獄という名の約束
はじめてAを見たのは、小学校の入学式の朝だった。
人ごみの中、黒髪をおさげにした小さな女の子が、教室の隅でずっと一人でいた。
静かで、なんとなく周りから浮いていて、誰とも喋らない。目が合っても、すぐ逸らす。
俺はなんか、そいつが気になって。
別にヒーローぶるつもりじゃなかったけど、気がついたら、声をかけてた。
「なにしてんの?」
ぎょっとしたように顔を上げて、「別に」って、小さく呟いた。
ちょっとだけ、怯えたような目。けど、それでも俺の顔をちゃんと見てた。
「じゃあ、一緒に行こうぜ。俺の席、隣空いてるし」
それが、俺とAの最初の会話だった。
──あの頃のAは、全然しゃべらなかった。
家のことも、友達のことも、自分のことも。
でも、俺の言うことはちゃんと聞いたし、帰り道も毎日一緒だった。
図画工作の時間ナイフを忘れたAに、俺のナイフを貸してやったり。
……で、気付いたら数ヶ月後には、いじめが始まってた。
女子の中には、ああいう「静かで言い返せないやつ」を見つけると、標的にするやつがいる。
消しゴム取られたり、筆箱隠されたり、ロッカーに紙くず入れられたり。
最初は、Aは俺に言わなかった。
でもある日、Aのランドセルがゴミ箱に突っ込まれてて、それを泣きながら片付けてたのを見たとき──
「……何やってんだよ」
俺は、自分でもびっくりするくらい声が出た。
頭に血がのぼったとかじゃなくて、ムカついた。
その日、俺は女子数人に怒鳴った。先生にも言った。
Aを泣かせるやつは、全員敵だって思った。
正義感が強かったのか、無謀だったのか、ヒーローごっこがしたかったのか……
それは今でも分からない。
~~~
でも、そのせいで話が少し大きくなって、親が学校に来ることになった。
うちのオフクロは「あんたは悪くないけど、やりすぎだよ」って呆れてたけど、Aのお母さんは違った。
面談が終わった後、Aのお母さんは俺のとこにわざわざ来て、弱々しい笑顔で、何度も何度も頭を下げたんだ。
「〇〇くん、本当にありがとうね。あの子のこと、助けてくれて…」
細くて、なんだか頼りない感じの人だった。
そして、俺の目をじっと見て、震える声でこう続けたんだ。
「あの子、昔からああで……。友達もいなくて、家でもほとんど喋らないの。
でもね、最近、学校の話を少しだけしてくれるようになって。全部、〇〇くんのおかげなのよ」
まるで、藁にもすがるような目だった。
「だから、お願い。……これからも、あの子の隣にいてあげてくれないかしら。
あの子、あなただけが頼りなの……」
子どもの俺には、その言葉の重さが全部は分からなかった。
でも、大人の人に、母親に、そんな風に言われたら、「はい」って言うしかなかった。
断るなんて、考えもしなかった。
それが、A本人から課せられたものじゃない、最初の「鎖」であり「呪い」だった。
『俺はAを守らなきゃいけない』
それは俺が勝手に始めたことだけど、いつの間にか、周りからも固められた「役割」になっていたんだ。
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