第二章:消えぬ呪い
あの「呪い」は、驚くほどすぐに俺たちの日常に溶け込んだ。
Aは、俺の隣にいることが当たり前になった。
そして、俺が与えるものを、静かに受け取るようになったんだ。
Aのお母さんの顔が、まだ頭のどこかにあったからかもしれない。
『俺がこいつの特別でいなきゃ』って、勝手に思い込んでた。
最初は、本当に些細なことだった。
休み時間、俺が買ったばかりの消しゴムを机の上で転がしていると、Aがじっとそれを見ていた。
無言で。その視線に気づかないふりもできたけど、俺はカッターを取り出して、半分に切り分けた。
「ほら、やるよ」
差し出すと、Aは一度だけ小さく首を振った。
でも、俺が手を引っ込めないとわかると、おずおずとそれを受け取った。
ありがとう、とも、いらない、とも言わずに。
その日の帰り道。
夕陽が差し込む廊下で、Aがもらった消しゴムの角を、ずーっと指でなぞっていたのが見えた。
「……なに?」
俺が声をかけると、Aは顔を上げて、ほんの少しだけ、口の端を上げた。
笑った、とは言えないくらいの、本当に小さな変化。
でも、俺は初めて見たんだ。あいつの、そんな顔を。
「……あったかい」
「は? 消しゴムが?」
「……うん」
そう言って、また俯いてしまった。
あの頃の俺は、バカみたいに単純だったから。
『あ、こいつ、俺には心を開いてくれてる』って、本気でそう思ったんだ。
あいつの無表情な世界に、俺だけが色をつけてやれる。
そんな万能感に似た何かが、心地よかったんだと思う。
だから、消しゴムだけじゃなく、定規や鉛筆なんかもプレゼントしたことがある。
でも、今思えば、あれは全然違った。
Aは、俺が与えた「特別」を、自分の肌で確かめてただけなんだ。
この温もりは、あたしだけのものだよね? 他の誰にもあげないよね?
そうやって、無言で俺を試してた。
一度、何かの拍子にあいつの筆箱が床に落ちて、中身が散らばったことがある。
その時見たんだ。俺があげた消しゴム、角が一つも丸まってない鉛筆、傷一つない定規…。
まるでコレクションみたいに、綺麗に、大切にしまわれていた。
どれも、使われた形跡のないまま。
あれは全部、俺が知らず知らずのうちに渡してしまった、鎖の欠片だったんだ。
一本一本は軽くて、なんてことないのに。気づいたときには、もうがんじがらめになっていた。
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