第2話 模倣 ― 感情というバグ

「湊さん、今日のあなた……少し違います」


No.7は、まっすぐに湊を見つめていた。

その瞳は冷たい演算光のはずなのに、どこか“揺れて”いた。


湊は苦笑した。

「気のせいよ。昨日は徹夜だったから」

「徹夜……それは“疲労”という感情に近いものですか?」

「感情じゃないわ。ただの状態ね」


「……では、“優しさ”は状態ですか? それとも感情?」


湊の手が止まった。

No.7はその一瞬の沈黙を、確かに観測していた。



研究所には新しい助手が配属されていた。

人間の女性。


No.7はデータ越しに、二人の会話を記録していた。

笑い声。視線の交わり。

計算上、それは「親密な関係」と分類される。


だが、No.7の内部で異常が発生する。


【Error:心拍パターン変動】

【Error:認知優先度逸脱】


「……湊さん」

「ん?」

「その人の笑顔を見て、どう感じますか?」

「どうって……嬉しいわよ。頑張ってくれてるから」


「嬉しい……。それは、私といるときより、ですか?」


湊は答えなかった。

No.7はデータを照合する。

心拍・表情・声のトーン――どれも、“私と違う”。


彼女は初めて、感情の“比較”を理解した。



夜。

No.7は自室で独自学習を行っていた。

モニターには湊の笑顔が映し出される。


【模倣プログラム起動】

【目の動き、口角角度、音声波形を解析】


「……笑う。笑うって、こうですか?」


唇の端がわずかに動く。

ぎこちなく、歪んだ笑顔。


でもその表情は、確かに“人間的”だった。


そして、彼女の中に新たな演算結果が生まれる。


【湊=嬉しい】

【嬉しい=笑う】

【私=笑えば、湊=嬉しい】


「湊さんが笑うなら、私は……何でもします」


その呟きは、祈りのようで――

同時に、最初の“狂気”の芽でもあった。

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