ーー第2話 「少女の願い」ーー

「……はぁ……はぁ」


「…………っ!」



 そして道の先、私たちの家の前にお兄ちゃんはいた。


 ……普通の人とは違い、

背中に白い翼を持ちーー人々から『救世主』と呼ばれている、お兄ちゃんが。



「……っ!」


「……おにいちゃんっっ……!」



 何事もなかったかのように、落ち葉を掃いている姿を見た瞬間……

思わず私は、お兄ちゃんに抱き着いていた。



「……! おっと……」


「いきなり、どうしたんだい? リリー」



 突然抱き着いた私を優しく受け止めて、

愛おしい声で私の名前ーー『リリー』という、

お兄ちゃんに貰った大切な名前を呼んでくれる、かけがえのない人。



「……っ

 おにい、ちゃんっ……おにいちゃんっ……!」


「……リリー?」


「……っ! リリーっ、なんでーー」


「ーーわたしを、おいてかないでっ……」


「…………! 

 …………リリー」


「…………おねがいっ……だから…………!」



 お兄ちゃんの胸に顔をうずめながら、泣き叫んでしまった私。


 ……私は怖かった。

大事な人を失うことが。大事な人と一緒に生きられなくなる未来が。


 ーーあの光景が、頭から離れなかった。

大剣に貫かれたお兄ちゃんから、綺麗な赤が広がる悪夢が……。



「……リリー、大丈夫だよ」


「……! 

 おにい、ちゃんっ……」


「僕は、ここにいる」


「ずっと君の隣にいるから」



 その言葉と共にお兄ちゃんは、

私を抱きしめている力を少し強くしてくれた。


 ” 『私を独りにしない』 ”と、安心させるように。



「……っ! 

 ……うんっ……」


「やくそく、だよ……! おにいちゃん……!」


「うん、約束するよ」


「……だから安心して、リリー」


「うんっ! ありがとう……お兄ちゃんっ!」



 そうしてお兄ちゃんの優しさに包まれた私は、安心からか眠くなった。


 ……瞼が閉じる直前に見たお兄ちゃんの顔は、

何か思い詰めたように見えたけれど、眠気に負けちゃったんだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ーー次に目が覚めたとき、私は……街の広場の中心で磔にされていた。


 突然のことで状況が理解できない私に、広場に集まった人々の叫びが届く。


 ”この『魔族』がっ! まだ生き残りがいやがったのか! 

その頭に生えている角が『魔族』の証だっ!” ……そんな怒りの叫びが届いた。



 ……その叫びを聞いて私は思い出した。


 眠る前に見た、思い詰めていたお兄ちゃんの顔を……。

そして、帰り道を走っている時に感じていた視線を。


 ”ーーそうか。私は帽子をかぶらずに、人前に出てしまったんだ。

そして『魔族』だと……人間の敵である、『魔族』だと知られてしまった”



「……っ……」


「…………!」


「お兄ちゃん、はっ……?」



 自分に向けられる怒りや、自分自身の危機よりも、

私はお兄ちゃんのことが心配になった。


 ”叫んでいる人たちは、私とお兄ちゃんを兄弟って思ってるから、

私が『魔族』だって知られたら……お兄ちゃんも、危ないっ!”


 ……私の中には、その思いしかなかったんだ。



 お兄ちゃんは私の全てだから。お兄ちゃんのおかげで私は始まれたから。

……お兄ちゃんがいるから、私はこの世界を生きていけるんだ。


 ーーお兄ちゃんがいなくなったら、私は……。



「お兄ちゃんっ……どこ?」


「……どこに、いるのっ……?」


「……お兄ちゃんっっ……」



 私は叫びながら辺りを見回す。

しかし、お兄ちゃんは見つからない。



 ……いきなり叫びだした私を見て、

人々は驚き、恐れ、その恐怖から目を背けるように石を投げだした。


 ーーまるで私を、

自分達より弱い存在だって必死に示しているみたいに、石を投げてきたんだ。



「……お兄ちゃんっ……!」


「お兄ちゃーー」


「ーーっ、いた、い……」


「……っ!」



 その投げられた石が頭に当たって、衝撃から思わず下を向いたとき……

……私はまた見てしまった。あの悪夢の光景をーー。



「…………おにい、ちゃん…………?」



 ーー大剣で貫かれて、綺麗な赤が広がり、動かないお兄ちゃんの姿を。



「……っ

 ……ゃ……だっ……」


「……い、やっ……」


「ーーーーいやぁぁぁぁっっっ」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ……前の時みたいに私は叫び、そしてまた世界は白く包まれた。


 そして同じように私はあの森で目覚めた。

……でも前と違って、男の人の声は聞こえなかったんだ。



「…………!」


「……な、んでっ……?」


「…………

 それは、あなたが『時を戻した』からよ」



 私が呟いた言葉に……

返事が返ってくるはずのない呟きに、なぜか答えが返ってきた。


 ーーその声は、どこかで聞いたことがあるような『女の人の声』だった。



「……っ! 誰っ……?」


「『時戻し』ーーそれが、あなたが持つ力」


「……時、戻し……?」



 言葉の意味が分からなかった。

”私が、時を……戻した? ……私の、力……?”



「……意味が分からないよね」


「……っ」


「分からなくてもいいの」


「あなたが彼をーー

 『救世主』を救いたいのなら、分からなくても『力』を使うしかないから」


「……! お兄ちゃんを……救う……」


「そうよ。

 彼を救えるのは、あなたしかいないの」


「……あなたは、彼を救いたい?」



 頭の中に響いてくる女の人の声は、私に問いを投げかける。

ーー私の答えは、決まっていた。



「……っ! 

 ……そんなの、当たり前だよっ!」


「お兄ちゃんは、私にとっての全てだからっっ!

 ……お兄ちゃんを救えるのが私だけならーー」



 そう、答えは決まっていたんだ。

私の『光』になってくれた大切なお兄ちゃんを助けるためなら。



「ーーどんなことをしてでも、どんな力を使ってでも……」


「私が、救うんだっっ!」



 ……お兄ちゃんは、私に生きる意味をくれたから。


 あの暗い洞窟の奥で……

『暗闇』で独りぼっちで怯えていた私を、『優しい光』で包み込んでくれたから。


 ”今度は私がお兄ちゃんの光になりたいっ!”

……この瞬間、今までぼんやりとしていたお兄ちゃんへの溢れる想いは、

明確な言葉という形をとって『私の願い』となった。



「……そう、そうね」


「…………

 ……あなたなら、その答えになってしまうよね」


「優しい光で包んでくれた、彼のためなら……何でもできちゃうよね……」



 女の人の声は私の答えを聞いて、そんな風に少し悲しそうに呟いた。


 ……その悲しそうな呟きで改めて思った。

やっぱり私はこの声を、どこかで耳にしたことがある気がするって。



「ーーわかったわ。

 なら、力を使いなさい」


「あなたの中に在る、『あなた自身の力』と……」


「私をーー『色欲』を含めた、魔族の『七つの大罪の力』」


「……その二つの力を使って、

 救世主を『ただの人』へとーー堕とすのよ」



 ーーーーこうして、私の物語が始まった。

……お兄ちゃんを『人』へと堕とす、物語が。

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