私と一緒に地獄に堕ちて

しーぶる

<前編>~二人の約束~

ーー第1話 「廻る悪夢の始まり」ーー

 ーー今も確かに紡がれ続けている、ある少女と青年の物語ーー


 ……この物語は、忘れられた過去の物語。


 今を生きる人にとっては、只の御伽噺。

しかし私は知っている、それは彼女の物語だと。



 これは彼女が『救世主』と呼ばれた彼を、『ただの人』へと堕とす物語。



 今から私は語ります。ーー名前も知らない、あなたへと。


 なぜなら語りたくなってしまったのです。

私の瞳に映る、綺麗に咲く花が微笑んでいるように見えたから。



 この深い森の中、

入口が塞がれた洞窟の前に綺麗な花々が咲いています。


 ……かつての人間達に『地獄へ続く穴』と畏れられ、

今となっては忘れ去られた『大きな地下洞窟』の前に。


 この洞窟について、ある御伽噺があります。

……人々の間で今も語り継がれる、今は亡き魔族たちと人間のお話が。


ーーーーーー

 ……この世界には、かつて争いがありました。

人間と魔族の激しい争い、それは長い間続いていたのです。


 しかしある時、人間の中に『救世主』と呼ばれる青年が現れ、

魔族が住むとされる『地獄へ続く穴』に向かい、頭に角が生えた怖い魔族達を倒します。


 こうして救世主のおかげで人間と魔族の争いは終わり、平和な世界が続いていきました。



 でも、安心してはいけないよ。


 誰かが悪いことをした時には、

恐ろしい『悪魔』がーー背中に黒い翼を持ち、頭から角が生えている『悪魔』が現れて、その悪い人を地獄へと連れて行ってしまうから。


 なぜなら怖い魔族が生まれた『地獄』はーー『地獄へ続く穴』は今もどこかにあるのだから……。

                               ーーーーーー


 この御伽噺は誰もが知っているお話。大人が幼い子に、

”悪いことをしないように”ーーと伝えるために語って聞かせる御伽噺です。


 ……でも、誰も知らない。

このお話が『彼女』の物語から作られたものだということは。



 ーーあなたが良ければ、最後まで聞いていってください。


 それでは主人公である『彼女の目』を借りて、語りましょう。

物語の始まりは……救世主が自らを裁く時から紡がれますーー。



************************************************************


 ーーその日、お兄ちゃんは自身の大剣で、自らを貫いた。



 ーーーー人間を守るために。


 魔族がいなくなった世界で、

人間たちの恐れの対象となった『救世主』を……殺すために。



「…………ごめん」



 私を愛おしそうに見つめて、その言葉を残すお兄ちゃん。

……帽子をかぶった私の頭を優しく撫でながら、倒れるお兄ちゃん。



「……なんで……」



 理解できない……したくない現実を前に、私は呟くことしかできなかった。



「……おにい、ちゃん……?」



 倒れたお兄ちゃんから、綺麗な赤が広がっていく。


 私はなぜか知っている。

人の内から『赤』が全て外に出てしまったら、その中には『黒』しか残らない。


 ーー『死』という、目を背けたくなる醜い黒しか。



 そして、私はようやく理解する。

”お兄ちゃんは死ぬんだ。ーー私を置いて、いなくなってしまうんだ”……と。



「……っ

 ……ゃ……だっ……」


「……い、やっ……」


「ーーーーいやぁぁぁぁっっっ」



 私は叫んだ。

悲しみ、怒り……溢れる想いを抑えきれずに。


 ーーその瞬間、世界は白く包まれた。



 視界が真っ白に染まっていくとき、私はこの世界から消えていく感覚を抱いていた。

……そして驚く間もなく、意識を失っていく。



 …………意識を失いながらも、私には声が聞こえていた。



「ようやく、この時が来たか」


「奴を……『救世主』を殺すのは、お前だ。

 人間ではなく、魔族が殺さねば意味がない」


「お前ならできる。ーー■■である、お前なら」


「……だから、早く目覚めろ。

 目覚めて、我の力で『救世主』を殺すのだ」


「…………殺せ…………

 ……殺せ……殺せ……」


「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ」



 ”ーーっ!”

私は思わず耳を塞ぎたくなった。

……その男の人の声は、凄く怖かったから。


 でも意識が途絶えていく中では、何もできなかった。

何もできないまま暗闇に飲まれるまで、声が消えることはなかったーー。



 ーーーーそして、私は目覚める。……あの『時を戻す力』に、目覚めたんだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ーー暗闇の底に沈んでいく中、小さな光が見えた。

その優しい暖かな光は、段々と広がっていってーー。



「…………っ!」



 私は、森の中で目が覚めた。



「……ここは……?」


「……!」



 そして、驚いた。

木漏れ日が差す穏やかな森の中……その光景を知っていたから。



「…………

 ……お兄ちゃんと出会った頃、暮らしてた森……」


「そうだ……! 

 この森は、お兄ちゃんと私が住んでいる街のすぐ近くの森だ……!」



 その時、ふと手に握っているものに気が付く。ーーそれは帽子だった。


 ”君に似合うと思って僕が選んだんだ。君のために、人前では必ずかぶるんだよ。

……大丈夫、君は『人』だ。誰が何と言おうと、僕にとっては『大切な人』なんだ”


 ……私にそう言いながら、昔この森でお兄ちゃんがくれた大切な帽子。



 ”暖かな風を、優しい光を、静かな空気を……

なにより、お兄ちゃんとの大切な思い出を私が間違えるはずがない”


 ……そう確信した私はすぐに街の方へと駆け出した。



「……っ

 ……お兄ちゃんっ……!」


「あんなの嘘だよねっ……」


「……お兄ちゃんが、私を置いてくなんて……」


「……死んじゃう、なんて……嘘だよねっ……!」



 ……私はあの現実を認めたくなかった。

だから何よりもまず、お兄ちゃんのところへ駆け出したーー。



 ーーそして、しばらく走った先で見慣れた街の入り口へと辿り着いた。

お兄ちゃんと私の家がある、私がここ数年住んでいた『人間の街』が。



「はぁ……はぁ……」


「……ぅ……

 ……お兄、ちゃんっ……」



 私は走った。

見飽きた街並みを、いつもはお兄ちゃんと並んでゆっくり歩く帰り道を。


 ……なぜかその時は、普段の帰り道より長く感じたんだ。

さらに人の視線も多く感じた。しかし、焦る私に気にしている余裕はなかった。



 ーーーーそのことが後に悲劇を生んでしまうと、この時の私は知らなかったんだ。

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