第16話


 街灯の点る石畳の上に、二人分の影が落ちる。

 辺りは薄暗く、彼ら以外に人の気配はない。

 懐中時計の時刻は丁度、深夜零時を回った。


 確かに、怪談話の類いは怖いと感じた事はない。

 だが、実際に夜闇を歩くのは別だ。痺れるような緊張が、全身の神経を震わせる。


「うう、寒いな。

 真冬の外は応える」


 片方の人影、セザールは少し前を歩くロジェに問う。


「何か見える?」


「何も、誰も。本当に僕たち二人だけだ……そうだ。

 ロジェ、持ってきたものを見せてくれないか?」


「ああ。少し待っていてくれ」


 そう言ってロジェバッグの中を探り始める。


 今日の昼。潜入作戦の詳細を会議した際、ロジェは秘密兵器があると言っていた。

 それが何か、気になっていたのだ。


「どうだい。かっこいいだろう」


 ロジェは鞄の中から一丁の銃を取り出した。

 一見普通の銃だが、持ち手の部分に見覚えのある綴りが見える。


「ブラッドベリ製の小型拳銃……?

 嘘だろう。

 世界に五丁しかないって」


 金属製の銃弾を用いる代わりに魔力を抽出し発射する、ブラッドベリ社の逸品だ。

 リロードを必要とせず、魔力が続く限り連射できるという。

 だがこれが製作された直後会社が消えたせいで、試作段階の数丁しか残されていない。


 まさか、最高級の魔術道具が現れるとは。

 開いた口から、冷気が流れ込む。


「うちで保管していたんだ。

 パパの部屋のショーケースにしまってあったよ。

 けっこういけていると思わない?」


「お父上の?」


 フリムラン家が所有する魔術道具と言えば、価値は数百万はくだらない。

 歴史的価値のあるものばかりだ。

 しかも投手である父の私室から、と言えばその価値を想像することはむしろ難しい。


 その貴重さを説こうとしても、ロジェは首を傾げるだけだ。

 遺産級の品々に囲まれて育ったせいで、感覚が麻痺しているのだろう。

 それどころか、他にも持ってきたよ、と誇らしげに言うのだ。


「……ああもう、絶対に壊さないでよ」


「もちろんですとも!」


 ロジェの後ろをため息交じりについていくと、オペラ座の裏へとたどり着く。

 曰く、ここが最近怪人が目撃された場所だそうだ。


 ロジェは小さな灯りを頼りに地面を眺める。

 地下へ向かうための出入り口を探しているのだ。

 セザールも一緒になって探し回る。


「……あった」


 植木の向こうに、人一人入れるくらいのマンホールを見つけた。

 よく見れば、最近開けたような痕跡もある。


「……ここに入るつもり?」


「もちろんだよ」


 重い石の蓋が外される。現れたのは地下へと続く長い縦穴。

 それを覗き込んだセザールの肌には鳥肌がたった。

 ロジェは洋灯を腰のベルトに下げ、軽い身のこなしで地下へ続く暗黒へと挑む。

 はしごと呼ぶには粗末な、壁に打ち付けただけの鉄の足場を伝い、降りていく。


「ロジェ」


「大丈夫だって。

 運動神経はいいから、いざとなったら君を抱えて逃げるよ」


 降りながら話すせいか、徐々にその声は遠ざかっていく。

 セザールは観念し、彼の後を追うようにはしごに足をかけた。


 かつかつかつ、と軽快な靴音だけが狭い縦穴にこだまする。

 ふと頭上を見上げると、黒い視界に丸くくりぬいた夜空が浮かぶ。


 親の言いつけを破る罪悪感と、道の空間への恐怖がふつふつとわき上がる。

 震える手に力を込め、無心で地下へと降りた。


 もう一〇メートルほど降りた頃だろうか。

 足元で、小さな水の跳ねる音がした。


「おーい、セザール。足がついたみたいだ」


 脳天気なロジェの声に安堵していると、セザールの足も硬い地面へと触れる。

 無駄に力めばつるりと滑る、湿った石畳だ。

 明かりはあるが、用心して足を運ばなければ痛い目に遭うだろう。


「うんうん、雰囲気は抜群!」


「雰囲気って……もう少し声を落として。

 誰かに聞かれているかもしれない」


「へへへ、そうだな。でも、怪人が聞いていたら探す手間が省けるのに」


 ロジェは冒険譚の主人公気取りで洋灯の明かりを掲げる。

 視界に広がったのは、石と木材で固められたトンネルだ。

 二人並んで十分歩ける歩道に、その倍以上の幅の水路。

 天井までの高さはセザールを縦に二人分重ねても余裕がある。

 半円形の形状をしているせいか、微かな音でも良く響く。


「とりあえず、上流に進もうか」


 ロジェは進み出す。その足取りは、心なしか先ほどよりも軽い。

 それとは対照的に、セザールの足は鉛をくくりつけたかの如く重かった。



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