第51話 入部希望者

 11月のある放課後。

 三階の、いつもの空き教室――魔法研究同好会の部室。

 私はいつものように、静さんとマンツーマンでの厳しい修行に励んでいた。

 今日のテーマは「古代ケルト魔術におけるルーン文字の象徴体系について」だ。


「――雪村さん。ここで『旅立ち』を意味する『ラド』を使った真意は?」

「……それは、被呪術者の旅が実り豊かなものになるよう祈りを込めたからです」

「なるほど。では『豊穣』を意味する『フェオ』を使わなかった訳は?」

「え、それは……旅立ちを祈るのであれば『ラド』がふさわしいと……」

「雪村さんは、旅が実り豊かなものになることを祈ったのですよね。旅立ちを祈るだけで適切でしょうか?」

「あ、そうか!『フェオ』と『ラド』の両方を使った方が良かったんだ」

「ええ。術者は祈りの本質を常に探らなくてはなりません」


 静さんのソクラテス問答。私の脳みそは常にフル回転を強いられ、オーバーヒート寸前だった。


 その時だった。

 コンコン、と控えめなノック。がらり、と教室のドアが開く。

 そこに立っていたのは見慣れない二人組の女の子。他クラスの生徒だ。


 一人は艶やかな黒髪のボブに、大きめの銀縁メガネをかけた真面目そうな子。

 もう一人は、ゆるくパーマのかかった茶色い髪に、長い袖のカーディガンを着た、いわゆる“萌え袖”の女子力が高そうな子だった。


「あ、あの……! ここって『魔法研究同好会』で合ってますか!?」


 メガネの子が緊張した様子で、おずおずと尋ねてくる。


「はい、そうですけど……」

「私、一年五組の倉科莉子です。今から入部させてもらえませんか」

「同じく一年五組の桜井美羽です。お願いします!」


 ゆるふわな子が、莉子ちゃんの後ろからひょこっと顔を出し、元気よく頭を下げた。


 え、入部希望!?

 このマニアックな同好会に!?

 いや、嬉しい。嬉しいけど、この同好会は私の魔女修行の場でもある。

 部員が増えたら、私たちが魔女だとバレやすくなってしまうのでは……。

 私は戸惑いのあまり固まってしまった。


 しかし静さんは、そんな私とは対照的に、いつもの穏やかな笑みを浮かべ、二人を迎え入れた。


「まあ、ようこそ。歓迎します。顧問の白樺です」

「わ、私は一年三組の雪村あかりです! よろしくお願いします!」


 慌てて自己紹介をする私。


 二人は興奮気味に語り始めた。

 なんでも、昔から魔法や占い、オカルトといった不思議なものが大好きだったらしい。


「でも、周りにそういう話ができる友達がいなくて……」

「いつも二人で、図書室の隅っこで、魔女が出てくる小説や魔法の本を読んでたんです」


 そんな時、文化祭での私の「占いの館」の噂を聞きつけ、ずっと訪ねてくる機会をうかがっていたのだという。


「あの、白樺先生ってイギリスにいたんですよね!? 魔術の研究が盛んって本当ですか!?」


 美羽ちゃんが目をキラキラさせて尋ねる。


「ええ。私も西洋魔術を中心に学びました」

「すごい! じゃあ錬金術については、どう思いますか!? 賢者の石って本当に作れるんでしょうか!?」

「サバトと黒ミサの違いって、なんですか!? 悪魔を召喚したり……!?」


 二人の矢継ぎ早なマニアック質問に、私は完全に置いていかれていた。


「まあまあ、落ち着いて。その話はまた追々、ゆっくりと。今日はせっかくですから、魔法陣について少し勉強していきませんか?」


 静さんの魔法陣理論の講義は、まるで大学の授業のように高度で知的だった。

 そして私がその理論に基づいて簡単な光の魔法陣を描いてみせると、二人は「わあ……!」「綺麗……!」と感動の声を上げた。


 なんだか、すごく気持ちいい。


「じゃあ、お二人も描いてみましょうか。――雪村さん。あなたが教えてあげなさい」

「えっ、私がですか!?」

「ええ。あなたはもう“先輩”でしょう?」


 先輩。

 その甘美な響きに、私は俄然やる気になった。


「いい? まず円は正確に。線の太さも均一にしないと、マナが漏れちゃうから……」


 気分はすっかりベテランの魔女だ。


 魔法陣を描きながら、莉子ちゃんがふと尋ねてくる。


「……あの、雪村さん。魔女って、本当にいると思う?」

「え?」

「友達に魔女の話をしても『都市伝説だよ』って相手にされなくて……」


 その寂しそうな声に、私は答えに迷った。

 その時、様子を見ていた静さんが静かに口を開く。


「――私は、いると思いますよ」


 その場にいた三人は、一斉に静さんを見た。


「どうしてですか?」


 美羽ちゃんが尋ねる。

 静さんは窓から見える夕焼け空を仰ぎながら、私が見た中で一番優しい、そして美しい笑顔で答えた。


「だって、その方が楽しそうじゃありませんか?」


 あまりにも素敵すぎる答え。


「……ですよね! 私もそう思います!」


 二人は顔を見合わせ、心から嬉しそうに笑った。

 私も胸が温かくなる。


「もし魔女に会えたら、どうするの?」


 私が尋ねると、二人は声を揃えて言った。


「魔法を使えるようになりたい!」

「人知れず誰かの背中をそっと押したり、悩んでいる人に幸せになるヒントを与えたり。そんな優しい魔女になりたいの!」


 文献によれば、魔女の血を引いていなくても修行次第でなれる可能性がある、と書いてあったらしい。

 そのまっすぐな瞳を見て、私はハッとした。

 それは、私が十勝に来た時に抱いていた初心そのものだった。


「……そんな日が来たら、素敵ですね」


 静さんは本当に嬉しそうに言った。

 私も心からそう思った。


 いつか、この小さな同好会から、魔女の血を引かない魔女が生まれる日が来るのかもしれない。

 そんな夢みたいな未来を思い描きながら、私は二人の、初めての、少しいびつな魔法陣を、愛おしい気持ちで見つめていた。


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