第47話 占いの館と秘密

 10月、最後の日曜日。

 秋晴れの空の下、私たちの高校は、年に一度の熱気に包まれていた。――文化祭だ。


 校門には、生徒たちが手作りした色とりどりのアーチが飾られ、校舎の中からは模擬店の呼び込みの声や、バンド演奏の音が、ごちゃ混ぜになって響いてくる。


 そして午前10時。

 文化祭の幕開けを告げる、恒例の「仮装パレード」が始まった。


「いくよ、あかり!」

「う、うん!」


 みのりちゃんに手を引かれ、私もクラスの列に加わる。

 一年三組のテーマは『魔女と魔法使い』。

 男子は黒いローブの魔法使い、女子はそれぞれにアレンジを加えたカラフルな魔女姿だ。


 みのりちゃんは、オレンジと黒のポップな魔女。

 元気いっぱいの彼女に、よく似合っている。

 そして私は――。


「わー! 魔女さーん!」

「本物みたい! かっこいー!」


 沿道の子どもたちが目を輝かせて、私に手を振ってくれる。

 それもそのはず。私の格好は、クラスの中でも少し違っていた。


 着ているのは、雪村家に代々伝わる本物の魔女の正装。

 深い紫色のベルベットのローブに、先のとがった黒い帽子。

 来たるべき魔女修行の修了試験のために、東京のお母さんが持たせてくれたものだ。


「あかり、すごい人気じゃん!」


 みのりちゃんが隣で楽しそうに笑う。

 私も少し照れくさいけど、嬉しくて、子どもたちにそっと手を振り返した。


 パレードの列は、白樺通りから緑園通りへ。

 数百メートルの道のりを、各クラスが趣向を凝らした仮装で、ゆっくりと練り歩く。


 その時だった。

 私たちの列に、横からぬるりと、異様な物体が割り込んできた。


 青と赤のぐにゃぐにゃした体に、たくさんの目玉。

 雑なダンボール工作で作られた、あの――大阪万博のキャラクター。


「……ミャクミャク様?」

「なんでここに……?」


 私とみのりちゃんが戸惑っていると、その中から、くぐもった声が聞こえた。


「おーい、畑中! 雪村さん!」


 聞き覚えのある、爽やかな声。


「……え、もしかして、篠宮先輩!?」

「おう、俺だよ俺」

「な、何やってるんですか、そんな格好で!」

「うちのクラス、テーマが『大阪』なんだよ。たこ焼き屋やるから、その宣伝」


 そういうことだったのか。

 でも、それにしてもクオリティが、あまりにもひどい。


「二人とも、よく似合ってんじゃん。畑中は元気な魔女って感じだな。雪村さんなんかは……あれ、本物の魔女みたいだな」


 ミャクミャク様の、たくさんの目玉の一つが、私の方をじっと見つめている気がした。

 ――本物です、なんて言えるはずもなく。

 私は「あ、はは……」と曖昧に笑うしかなかった。


「じゃ、俺そろそろ戻るわ。後でそっちのカフェ、顔出すよ」

「 はいっ、待ってます!」


 みのりちゃんの声が、ぱあっと明るくなる。


 篠宮先輩は手を振ると、自分のクラスの列へ戻っていった。

 ――その時だった。


 ズデーン!


 先輩は何もないところで盛大にすっ転び、ミャクミャク様のダンボール製の頭が、ぽーんと吹っ飛んだ。


「「「ぎゃあああああああっ!!!」」」


 沿道の子どもたちから、夢も希望もない悲鳴が上がる。


「あ、やべっ……!」


 先輩は慌てて頭を拾うと、逃げるように去っていった。

 私とみのりちゃんは、顔を見合わせ、笑いをこらえるのに必死だった。


 ***


 パレードが終わり、いよいよ模擬店の開店だ。

 一年三組の「魔女カフェ」は、教室を黒い布で覆い、薄暗い照明の中にジャック・オー・ランタンを飾った本格的な内装で、開店と同時に長蛇の列ができていた。


 そして教室の一番奥。

 ダンボールとカーテンで仕切られた一角に、私の仕事場がある。


『本格水晶・タロット占い 魔女の館』


 看板は、私の手書き。

 紫のローブととんがり帽子をつけたまま、小さなテーブルを挟んでお客さんと向き合っていた。

 机の上には、静先生からお借りした水晶玉とタロットカード。


「――それで、彼の気持ちが知りたい、と」

「はいっ……!」


 目の前に座るのは三年生の女子の先輩。

 私は静先生に教わった通り、水晶玉に意識を集中させた。


「……先輩は、彼に手作りのマフラーを編んでいますね。でも、渡せずにいる」

「え、なんで、それを……!」


 先輩が驚きの声を上げる。


「彼の心の中にも、あなたと同じためらいが見えます。でも、それは嫌いだからじゃない。むしろ逆。先輩のことを意識しすぎて、どう接していいかわからないようです」


 次に、タロットカードを一枚引いてもらう。

 出たのは『節制』の正位置。


「……今は焦らず、友達としてさりげない会話を重ねるのが一番良いみたいですよ。そうすれば、自然と二人の距離は縮まっていくはずです」

「……わかった! ありがとう!」


 先輩はぱっと顔を輝かせ、深々と頭を下げて帰っていった。


 そんな調子で、私の「占いの館」は口コミで広がり、気がつけば恋愛相談を抱えた女子生徒の長蛇の列ができていた。

 片思い、すれ違い、禁断の恋……。

 私は、ひたすら水晶を覗き込み、カードをめくり続けた。


「……お疲れ、あかり」


 ようやく列が途切れ、ぐったりと出てくると、みのりちゃんがコーラのカップを差し出してくれた。


「ありがとう……」


 私はコーラを一気に飲み干した。炭酸が、疲れた体に染み渡る。


「……もうダメ……。学校中の恋愛事情、知っちゃった……。しばらく恋バナは聞きたくない……」

「あはは、お疲れ様」


 みのりちゃんが笑った、その時だった。


「よっす」


 カフェの入り口から、ひょっこりと篠宮先輩が顔を覗かせた。


「あ、先輩! いらっしゃいませ!」


 みのりちゃんの声が、一気に華やぐ。

 篠宮先輩はまっすぐ私たちのもとへ来て、看板を興味深そうに見上げた。


「へえ、面白そうなことやってんじゃん。なあ雪村さん、俺も占ってもらっていいか?」

「えっ、先輩がですか?」

「おう。ちょっと見てほしいことがあんだよ」


 私はみのりちゃんに「ちょっと行ってくるね」と目配せして、先輩を館の中へ招き入れた。

 カーテンを閉め、二人きり。

 少し緊張しながら、向かい合って座る。


「それで、何を占いましょうか?」

「うん。実はさ、ある人の連絡先が知りたいんだけど」

「連絡先、ですか……」

「ああ。占いでわかったりしねえかな?」


 先輩は、いたずらっぽく笑った。

 私は困って首を横に振る。


「すみません、先輩。個人情報を占いで見ることはできません……」

「だよな! そりゃそうだよな!」


 先輩はあっけらかんと笑った。


「わりぃわりぃ、変なこと言って」


 そして、先輩は、すっと、自分のスマートフォンを取り出した。

 そして、LINEのQRコードを表示させた画面を私の前に差し出した。


「――じゃあ、直接聞くわ」


 先輩は、まっすぐな目で私を見つめてきた。


「雪村さんの連絡先、教えて」


 その、あまりにもストレートな言葉。

 私の頭は完全にフリーズしてしまった。


 え?

 私?

 私なの?

 みのりちゃんじゃ、なくて?


「雪村さんのこと、もっと知りたいんだ。この間の、おまじないの話とかも、ゆっくり聞きたいし。……ダメかな?」


 その、真剣な眼差しに、私は、どうしてか、「嫌だ」とは、言えなかった。

 断る理由も、見つからなかった。


「あ、い、いえ……大丈夫です……」


 私は、慌てて、ローブのポケットから自分のスマホを取り出した。そして、震える指でカメラを起動させ、先輩のQRコードを読み込んだ。

 ピロン、と、間の抜けた音が、狭い館の中に響き渡る。


『篠宮 湊さんが、友だちに追加されました』


 その無機質な文字が、私の胸に、ずしり、と重くのしかかった。


「……よかった。サンキュな」


 篠宮先輩は、ほっとしたように、微笑んだ。


「じゃ、また、連絡するわ」


 そう言うと、先輩は私の返事も待たずに、館を出て行ってしまった。

 残されたのは、私と私のスマホと、そこに新しく追加された一つの名前。

 どうしよう。

 どうしよう、これ。

 私がパニックになっていると、カーテンがさっと開けられた。


「あかり、終わった? 先輩、何を占ったの?」


 みのりちゃんが興味津々の顔で入ってくる。

 私は慌てて、スマホの画面を消し、ローブのポケットに、押し込んだ。


「あ、え、ええと……」

「なになに? 教えてよ」

「ご、ごめん、みのりちゃん。占いの内容って、個人情報だから」

「……そっか。そうだよね。ごめん」


 みのりちゃんは、そう言っていつものように笑う。

 その顔を見ていると、胸がちくりと痛む。


 みのりちゃんは、何も言わなかった。

 何も、聞かなかった。

 ただ、いつも通り明るく笑っている。

 でも、その笑顔の奥に、少しだけ翳りが見えたのを、私は見逃すことができなかった。


 私は、ローブのポケットに隠したスマホを、ぎゅっと握りしめた。

 この新しく繋がってしまった「関係」を、どうするべきか。


 みのりちゃんに話すべきか。

 それとも――私の心の中にしまっておくべきか。

 文化祭の賑やかな喧騒が、まるで遠い世界の音のように聞こえていた。

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