(1)僕の左手、彼らの平穏
『昨日午後十七時四十二分頃、田上高校に超小型の隕石が落下しました。
三階図書室を突き破り、二階視聴覚室の床に突き刺さるような形で発見。 大きさは長さ25cmほどです。 この隕石により……』
「図書室に居合わせた生徒1人が負傷を負いましたが、命に別状はありませんでした! どころか今日平然と登校しているわけですが、橋本クン、これ如何に!?」
「如何にもも何も無い。 左手を掠めたんだ。 骨折してたがそれくらいだ」
吊られた左腕。 妙に響く、名も知らぬクラスメイトの声。 気持ち悪くなりそうなくらい集まる視線。
昨日、僕は隕石に撃たれた。
フィクションじみているがそれはどうしようもない事実であった。 記憶はある。
蒼空先輩と話していた瞬間に突然轟音が鳴り響き、気付いた頃には左手に激痛が走っていた。
操作の効かない左手に凄まじい気持ち悪さを覚え、聞いた事ないくらい大声で僕の名前を叫ぶ蒼空先輩の声をバックミュージックに、僕は気を失った。
目を覚ますとそこには知らない天井が広がっていて、僕の左手を粉々に砕いたそいつが隕石であることを、テレビのニュースで知ったのだ。
「それくらいて! 超小型隕石が人に当たったって今全国特大ニュースよ!? お前その当事者よ!? よく来れたよな学校!」
「……なくなるだろ、皆勤賞」
「皆勤賞のためにこの空気感の学校普通これねぇって!」
隕石にやられてより頭イカれちゃったのか? とか何とか言いつつ、登校してきた友人の元に、前の席の名前も知らない男は向かっていった。
だと言うのに、一人静かに座っている感覚が全くない。
普段なら孤独なのだここは。
誰とも話さず、誰からの感情も向かず、そんな世界に存在する橋本圭一というこのカタチに僕自身すらも興味を持たず、視認するのは本の中の世界だけ。
なのに、今日はあまりに周りからの視線がうるさい。
分かっていた事だが、想像以上だ。
「隕石マンじゃん、まじで左手当たってんだ」
聞こえない。
「えー、すご。 今日登校出来るんだ。 メンタル鬼かよ、つよ〜」
僕はメンタル鬼なんかじゃない。 弱い。でも皆勤賞がかかってる。
だからどんな状況でも登校する必要がある。
皆勤賞で一年を終えたら、好きな女の子から本を一冊買って貰える約束をしたのだ。
いや、本を買えないくらいの資金難という訳じゃなくて、一冊選んで買って貰えるってことはつまり、それはデートであって。
『互いに皆勤賞だったら、本交換なんてのもありかもね』
裏切れるはずがない。たかが隕石で、先輩との約束を。
「隕石の事は関係ないでしょ! みんなそう言うのやめなよ!」
聞こえない。
「委員長マジメ〜! 逆に委員長気にならないの?」
「気になるとかそういう話じゃないでしょ! 隕石が云々以前に、橋本くんはクラスメイトでしょ!」
……昨日まで、話したこともなかったのに?
形だけのクラスメイトという関係に、彼女は何を感じているんだろう。
「大丈夫? あんまり気にしちゃダメだよ。 困ったら私がなんでも聞いてあげるから」
「お前だって、隕石がなきゃ僕に話しかける事なかったくせに」
「え?」
「……独り言だ。 こんにちは」
「んえ、あ、えっと……こんにちは? え、いや、まだおはようの時間じゃないかな……?」
ちょっと戸惑いながら、スタイル抜群茶髪ロング、アウトドア派閥のコンタクト女、当クラス委員長坂上はじめはそう言った。
僕の恋愛的タイプとは真反対、こういうオドオドとした態度は真反対を嫌いに変化させるに十分な要素であった。
僕はこいつが嫌いだ。 "優しい正義"を絵にするコンクールがあるとしたら、こいつの似顔絵を提出して間違いなく大賞を持ち帰ることが可能であろう。
「はい、席について〜。 朝のホームルームやりますよ〜うんうん」
できてんのかー、もしかして委員長もしかして、などという大変にやかましいガヤをかき消したのは、担任教師コガちゃんの入場であった。
「コガちゃん髪切った!?」
「切ったよ〜 可愛いでしょ、うんうん」
「今日の服のセンスやば! ださ!」
「え〜っ、可愛いと思うんだけどな〜」
生徒から大人気、ふわふわカワイイ系教師コガちゃんは、全ての雰囲気を変えるのだ。
「あっ、えっと、席戻らないとだから……」
「気にするな」
「えっ。 あ、うん」
「もう無理して話しかけなくていい」
「んと……えっと、わかった、また後でね!」
何も分かってないじゃないか。
こういう……僕みたいな変なのに構っていると、自分の評判まで下がると言うのにな。
やっと外れた全ての視線、今日初めて感じる孤独。 半日とちょっとぶりだけれども、それは酷く久々に感じる。
落ち着く。 ここが僕の居場所である。
天も地もなく、ふわふわと真っ暗な空間でさまよい続ける。 あるのは、佐藤蒼空という存在だけだ。
彼女という存在だけが、僕がこの世界に存在する証明なのだ。
「橋本く〜ん」
が、孤独の領域は即座に破壊された。
このほわほわとした声は、間違いなくお姉ちゃんになって欲しい女生徒ランキング4年連続第1位(蒼空先輩曰く)コガちゃん先生の物だ。
「うで、大丈夫? 平気?」
「はい。 平気です」
「痛くない?」
「痛みはまだ多少……」
「当たった時はどんな感じだったの?」
「……さぁ。 覚えてな」
途端、轟音。
気を失う数秒前の記憶。
左手を掠めて行った隕石、それが来る直前に同じ音が、確かに。
だがあの時聞こえたのは真上だ。 何かが来ると瞬時に悟り……そうだ、僕はだから、咄嗟にその場から逃げようとした。
だが、今回は真上ではない。 あの時よりも遥かに音が遠い。
僕の席は窓際、廊下側から1号車2号車と数えるタイプの当学校においての6号車、そのうち前から5番目。 故に、左端に座る僕よりさらに左奥で響く、轟音が指し示す、おおよその落下位置は……
「……校庭」
細く、先程の轟音と比べればあまりに小さい風切り音が聞こえた後。
校庭に、隕石が落ちる。
再び落ちたのは恐らく小型のものだった。 窓際、今日は素晴らしいまでの晴れ。 視界は良好であるが、肉眼で離れた二階にある教室から見る限りソレ本体を確認出来なかった。
しかしながら出来ている。 クレーターのようなものが。
確かに落ちたのだ、目の前で。
馴染み深い、学校の校庭に。
沈黙が続いた。 視線は全て校庭へ。
誰も声を出さない、出したがらない。 今のこの、起こった非現実を果たして誰も認めたくないかのように。
目の前の状況を、現実に持ち帰りたくないとでも、そう思わせるように。
「……落ちたね、石」
が、その願いは叶わず。 いや当然だ。
誰も話さずに一生ここで留まるなんて不可能。 隕石は確かに校庭に落ちた。 間違いなくそれは現実だった。
驚くにも、この沈黙を破ったのはコガちゃん先生だった。
「……多分今日は、みんなこのまま下校になると思うので。 職員会議が終わるまで、じっと待っててね」
数秒後、スピーカーのノイズと共に、至急職員会議がどうたらといった放送が流れ、思い出したかのようなチャイム音にてその放送は締めくくられた。
「どういうこと……?」
誰かが小声で発したそれに、まともな返事はなかった。 こわい、いやだ、なんで。
具体的でない言葉が行き交う。
「橋本が何か知ってるんじゃないの?」
「え、そっか、橋本」
「橋本、お前なんか知らないのか!?」
全員が地に足付いていない状態。 地上という名の平穏へ戻るための頼みの綱は、僕か。
クラスの約32名はそれに縋ることに決めたらしい。
「僕が知るわけないだろ」
「そんなわけないだろ!」
「僕だって混乱している!」
分からないことが多すぎる。 こんなに連続で、隕石が人の住む場所に落ちてくるものか?
それも同地区、どころか同じ建物。 一軒家よりは遥かに大きいだろうが、それを宇宙規模で見たら塵の1粒にも満たないだろう。
何が起きている。 たまたまでは説明がつかないだろう。
「お前のせいなんじゃないのか!?」
「……ねぇ! 変な事言うのはやめてよ!」
坂上が声を荒らげる。 手は震えている。
コイツは、自分だって怖いくせに、一丁前に人を救おうとしてるのだ。
本当に優しい正義の具現化だ。
が、力なきものに誰かを救う力は当然ない。
「いや、坂上だっておかしいと思ってるべ!? ぶっちゃけ、こいつだって、だってこいつさ!」
理由なんか、昨日僕に隕石が当たったからくらいだろう。
まともな理論が出せるはずがなかった。
「そんなこと……私思ってない!」
本当か? いや、これは優しい嘘というやつだ。 坂上だって多少は僕に聞きたいこと、何かこの非現実の手がかりを聞きたいはずだ。
「全部橋本がやったんだろ!?」
どすどすと近付いてきたかと思えば胸ぐらを掴まれた。
こんなことをしても何も変わらない。
左手は、ズキズキと傷んだ。
「辞めろ」
「やめねぇよ!!」
「……手を離せ、落ち着け」
右頬を凄まじい勢いで殴られた。
まずい、これはまずい。 相当痛い。
それに、僕だって恐ろしさを感じる時はある。
どす黒い感情を向けられている。
僕は何も悪くないのに。
その事がたまらなく怖い。
この拳に嘘はない。 真実、思っている全て、それを隠すことなくさらけ出し、僕の右頬を襲ったのだ。
「やったんだ!」
「知らない……」
「お前が全部知ってるんだろ!」
「何も知らない……!」
坂上が泣きながらやめてと叫んでいる。
橋本くんはやっていないと思う、橋本くんは知らないと思う、なんてのは一言も言わず、ただその責める行為、暴力的な行為に対して悪を見つけ、それを正そうとしている。
この場合、どちらが正しいと思う?
嘘を纏っている人か、嘘無き真実に全てを委ねている人か。
どちらが、正しいと思う。
「お前がやったんだ!」
「僕は……!」
あるいは、どちらも正しくないのか……。
人間とは本質的に、正しくないのか。
あるいは、正しいも正しくないも、あくまで真っ黒な存在である上での、ちょっとした分類分けのようなものなのか。
人間は、これだから、汚くて嫌いだ。
いつの間にか曇りがかった空、向けられる視線、言葉、込められた力、それによって掴まれている僕の制服の襟、
全部汚くて嫌いだ。
僕が好きなのは、夕日が作り出すオレンジ色のフィルター。 向けられる好きな女の子の視線、言葉、掴まれている僕のおすすめの一冊。
愛してる、あの子だけ。 あの子だけが、この世界にいるなら、もうそれ以外なんかどうだって……
「僕は……どうだっていい……」
「……は?」
「知らないんだ……本当に……。
知らないし、だから、僕のせいじゃない、僕は隕石を落とせな……あ」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの声、もう気が動転しそうだったが、それをビンタでもするかのように再び轟音が響いた。
「あぁ……!」
音、風切り音、聞こえた。 さっきよりも遥かに大きな音で……
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