隕石など恋も壊せない

ぼたも〜

【以下、隕石が壊せるものリスト】

僕には好きな女の子がいる。


黒髪短めのボブヘア、銀縁の丸い眼鏡が良く似合う文学少女だ。

図書委員の彼女は毎日、図書室のカウンターで本を読んでいて、数少ない利用者の僕は、来る度に彼女と言葉を交わした。


僕には好きな女の子がいる。


図書室に入るとすぐに目が合って、こちらにふりふりと何度か手を振ってから、右手側に置いていた昨日僕が勧めた本を手に取り、ゆっくりその感想を話してくれる。

このシーンが面白かった、このキャラクターが特に好きだ、ところでこの作品は君が前に勧めてくれたあの作品にも似ている気がする……、そう言って、彼女はいつも嬉しそうに僕と話してくれる。


僕には好きな女の子がいる。


スタイルが良いと言うより若干不健康な体型という方が彼女を表すのに正確。

存在が……小さい?  というか、なんというか、そう言った儚さに近い何かを持った彼女のことが、僕は好きだ。


「私も、君のことが好き」

「え?」

「ジェン・ハーシャルの言葉は、やっぱり心に染みるね」

「あぁ……はい、そうですね」


佐藤蒼空。

田上高校三年生。図書委員会委員長。

委員長と言っても図書委員には彼女と僕、それとあと数名……。

そのために、委員長という称号は若干の錆びつきを感じざるを得ない。

誰もやりたがらないから、サボらず毎日生真面目にカウンターに座っている蒼空……蒼空先輩は、半自動的に委員長の座に座る事になった。


夕暮れが窓から差し込み、図書室はオレンジ色のフィルターにかけられる。

九月中盤の十七時半。 暑くも寒くもなく、いわゆる暖かいという部類に当てはまる気温。

読書の秋とは、まさにこの時間を差した言葉なのだろう。


「しかし、たった一日で読み終わったんですか? 目立って短い本ではなかったと思うんですが……」

「読み終わったのはついさっきだよ。 昨日から今日にかけてすごくいいコンディションだったってだけなの。 天気も、私自身も」

「私自身のコンディション?」

「気分とも言うかもね」


柔らかく、まれに出る茶目っ気を込めた笑いに、思わず息を飲んだ。

なんだって、可愛すぎるからだろう。


「君が勧めてくれる本は面白い。 もちろんこうやって感想を話すのも面白い。 だから、読書が捗るの」


軽く髪をいじいじと触って、細めた瞳は大切に両手で持っている本に向けられた。

……僕は、美しいとさえ思った。

可愛らしいだとかそんな言葉で、彼女を表していいのだろうか? 僕はそれに素直にそうだと言いきれない。

あぁ好きだ、好きだ……その顔をこの瞬間に浮かべられる彼女が好きだ……。


世に溢れかえっている、不純な好きだとか愛してるとか美しいとかそういうのとは全く別物なんだ。

僕の好きは、紛れもなく、オリジナルなんだ。

ぐるぐると、彼女への好意で巡るこの頭の中の感情、その言葉を無理やり溶かしてひとつにまとめて、そうして出来たものが『好き』なのだ。

果てしなくオリジナルなのだ。 佐藤蒼空に送る、いや、向けているだけのこの感情を、僕は『好き』と名付けたのであって、これは世の好きとはレベルが違う、大変に煮詰まった、僕のすべてなのだ。


「そういえば、君はカンナとアイリスどっちが好きだったかな」


声でハッとした。 今は自己感情にふける時間ではない。

目の前に彼女がいる。 好きな女の子がいる。 彼女は何を言ったか、カンナとアイリス? 誰だその女は。


「あ、えーっと、君の進めてくれた本の話なんだけど」


彼女は少し困ったような顔で、持っていた本を顔の前でぱたぱたとさせた。

すっかり頭から抜け落ちていたが、そういえば今は本の話をしていたんだった……。


「すいません、ちょっとぼーっとしてました」

「いや、いいよ。 季節の変わり目だし、体調が万全って訳じゃないもんね」

「そういう訳じゃないですよ。 僕はいつも変わらず体調悪いですから」

「もっとご飯ちゃんと食べた方がいいんじゃない? 細いよ、君」

「先輩が言うことですか?」

「いや、ふふ、私は女の子だから。 スレンダーといえば聞こえがいいでしょ」

「聞こえがいいだけです。目はごまかせない」

「君は健康的な女の子の方が好きかな」

「僕は身体で人を判断しません」


それに、僕は不健康な黒髪ボブヘア銀縁眼鏡文学少女がタイプだ。それだけは間違いない。

いや、こんなこと話したかった訳じゃなくて……と彼女は二度ほど咳払いをした。


「そうじゃなくて、カンナとアイリスの話だよ。 弱々しい性格だけどやる時はやるカンナと、ハツラツとしてるけど大切なところで踏み込めないアイリス。 対比的でどちらが好きかは好みが別れそうだな、と思って」

「えぇ……そうですね、実際作品のレビューでは相当好みが別れていて」


僕はカンナが好きだった。 小動物的な可愛らしさがあって、インドア派なのも凄くいい。

単純に隣にずっといて欲しい女の子だなと思う。

それに、ところどころ僕から見た蒼空先輩に似ているところがあって、それもよりカンナ派の思考を加速させるのだ。


「ちなみに私は、アイリスが好きだったんだ。 ラストシーンを彼女が飾ったから、その効果もあるかもしれないんだけど、でもやっぱり彼女は魅力的だった。 己の不得意を克服するのって、やっぱり美しいよね」


確かに先輩の言う通り、アイリスも魅力的である。 こういった文芸作品に勝ちヒロインなんてアニオタ上がりの言葉を使っていいのかはさっぱり分からないが、ともかくこの作品で主人公と結ばれたのはアイリスだ。

自分の意見をそのまま言って、ちょっと好みが違うのかななんて話をするか、あるいは先輩と言葉を揃え、気が合うねなんて話をするか。

そんなものは二択にすらならない。 テストならば正答率99%

小学生ですら解ける問題だ。 選ぶのはもちろん、


「えぇ、僕もアイリスが好き

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