第11話 挙動不審の男

 城下町まで下りると、昨日とは打って変わって多くの人が一カ所に集まっていた。何事かと思って近づいてみると、昨日出会った茶屋の女将とばったり出くわした。


「あなたは昨日の」

「あらどうも」

「どうして朝から人が集まってるんだい?」

「どうやらスリをしていた輩が捕まったみたいで」

「なんと! そりゃあ良かった」


 紫音は自然な声色で女将に言葉を返すと、本題に入るために半ば強引に話題を変えた。


「女将さん、ひとつ聞きたいことがあるんだ」

「どうしはりました?」

「最近、このあたりで見かけない顔の人を見なかったかい?」


 我ながら、なんともざっくりとした質問だと心の中で苦笑する。


「ここは毎日いろんな人が来はるからね〜。顔見知りの方が少ないくらいよ。何か特徴を教えていただけたら、少しはお役に立てるかもしれへんけど」


 特徴、と言われて紫音たちは言葉に詰まってしまった。

 JSTLで使用しているホログラム衣装は、その人の外見と今いる時代、目的に合わせてAIが自動で見繕ってくれるというシロモノだ。当然、ひとりひとり色味や意匠は全く異なる。顔の特徴ぐらいは伝えられるが、口では伝わるものにも限界がある。かといって、ホログラムディスプレイを目の前で映し出すなんてもってのほかだ。


 はてさてどうしたものかと考えていると、ふいに肩をたたかれた。


「どうした葵?」

「あそこにいる人、もしかして」


 葵の指さす方を見ると、幸薄そうなひとりの男が目をキョロキョロさせながら歩いて行くのが見えた。痩せこけた頬にガサガサの唇、右まぶたの横にほくろがあるその顔は、脳内の行方不明者ファイルに一件だけ引っかかった。


「もしかして、笠木かさぎか?」

「みたいです。……うん、ファイルに載っている顔とうり二つです」


 葵がこっそり開いたホログラムをのぞき込むと、疑いはほぼ確信へと変わった。


「でも、なんか様子が変かも?」

「声をかけにいこう」


 女将さんにひとこと挨拶を告げてのち、紫音らはその笠木という男に近づいていった。明らかに不審な仕草を取る彼とはすぐに目が合った。一瞬、目を丸くしてみせたが、すぐにそっぽを向いた。

 あからさまに避けているのは見え見えだった。


「もし、そこの方?」

と声をかけてみたが、その男は聞こえてないかのような素振りを取っていた。

 ならばと歩みを早めて、男の斜め前に移動した。


「あんた、笠木で合ってるか?」


 今度は少し強めに尋ねてみる。すると男は「チッ」と舌打ちし、紫音を振り払うかのようにいきなり走りだしていった。


「おい待て!」


 慌てて紫音たちも後を追っていくと、やがて城へと続く小さな橋が見えた。正面と左右でにらみをきかせる武士たちを前に、笠木の足が止まった。


「どうして逃げるんだ!?」

「っるせえ! あんたには関係ねえことだろ!」


 笠木の怒鳴り声に周囲の視線は一瞬で釘付けになった。

 騒ぎを聞きつけた武士たちがぞろぞろと近づいて来る中、笠木はなぜか不敵な笑みを浮かべた。


「はっ、何をする気だ!?」


 そう言い終わらないうちに、笠木は懐から取り出した小さな球を地面に叩きつけた。


「うわっ!」

「煙幕か!?」


 立ちこめる煙を前に、紫音たちは立ち尽くすしかなかった。

 辺りが一気に騒々しくなる中、乾いた風が煙幕を晴らしていく。そこで露わになった光景は紫音らの顔を一気にこわばらせた。


「んんっ!?」

「葵!!」


 とっさに手を伸ばしたが、すぐに引っ込めてしまった。笠木が手にした果物ナイフが葵の喉元に向けられていたからだ。


「う、うう動くな! こ、こいつがどうなってもいいのか!」


 笠木の若干上ずった声が野次馬たちのざわめきを止めさせた。武士たちが刀に手をかけ始め、あたりは物々しい空気に包まれる。

 赤子の泣きわめく声だけが聞こえる中、紫音は冷静に様子を観察していた。

 そして小さく息を吐くと、まっすぐな眼で笠木を睨んだ。


「二人とも。状況がまずくなったら入り込んでくれ」


 それだけ言うと、なんと紫音は物怖じすることなく前に進み始めた。


「なっ、おい待て!」


 堀越が慌てて手を伸ばしかけたがしかし、それを相棒が制した。


「和泉!?」

「昨夜の作戦のことを思い出して。今回もきっと、何か策があるはずよ」

「っ、でもなあ!?」

「今は、あの人を信じましょう。飛び出せる準備だけはしといて」


 そう諭されると、堀越はもどかしそうに唇を噛みしめた。


「お、おい止まれ! こ、こいつがどうなってもいいっていうのか!?」


 笠木が必死に叫ぶも、紫音は顔色ひとつ変えずにどんどん距離を詰めていった。葵がどれだけ涙目になろうとも、野次馬たちがどれだけ引き止めようとも、その歩みが止まることはなかった。


「ここ、これ以上近づいたら、ほんとに刺しちまうぞ!」

「いーや、お前に葵のことは刺せないさ」


 紫音は臆することなく、堂々と距離を詰めていく。

 そしてついに、笠木の目の前まで迫った。そのままナイフを握った手をぐっとつかむ。熱を帯びた手首は汗にまみれてぐっしょり濡れている。すべらないようしっかり力を入れると、そのまま軽く一捻り。「うっ」と悶える声と共に力が抜け、ナイフがカランと落ちた。


「ほら、手がこんなに震えてるじゃないか」

「き、貴様……」

「だから、こんな真似はもうやめろ」

「っ……」

「今なら引き返せる。まだ人を傷つけでもした訳じゃないんだから」


 そう言った瞬間、笠木の瞳孔がはっと見開いた。その反応に紫音の中で強烈な危機感がこみ上げてきたが、気づいた時には遅かった。


「うわあああああ!」


 笠木の拳が紫音の真横へと飛んでくる。次の瞬間、紫音の右頭に鈍器で殴られたかのような鈍い痛みが走った。頭がぐわんと揺れ、視界が斜めにゆっくり傾いていった。


(しまった。油断、したな)


 意識が遠のいていく中、葵の叫び声と何人かの慌ただしい足音が遠くから聞こえる気がした。

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