第4話 まずは自己紹介

 紫音が最後のロックを慣れた手つきで解除すると、船内に大きな衝撃が走った。振動は徐々に大きくなり、モニターに映し出された第1ターミナルにはプラズマが縦横無尽に駆け巡っていた。そして数秒後、船内にも聞こえるほどのすさまじい轟音が響き、機体全体が白い光に包まれる。あまりのまぶしさに目を細めていると、やがて船内の振動がなくなり、飛行機に乗っているかのような浮遊感を感じるようになった。ゆっくり目を開くと、モニターにはオーロラのように輝く空間が広がっている様子が映し出された。

 無事にタイムトンネルへ突入したのである。


 葵もそれを確認すると、口から大きく息を吐き、胸の前に添えていた両手を下ろした。彼が不安から解放された証拠だ。それを見た紫音は椅子の横にあるボタンのひとつをおもむろにポチッと押した。


「うわっ!?」


 その瞬間、紫音と葵の椅子が180度回転し、後ろに座っている堀越たちと向かいあう形になった。突然の出来事に堀越たちもきょとんとしてしまう。


「ちょ、紫音先輩!やるならやるって先に言ってくださいよ!」

「油断は禁物だぞ~、葵」


 紫音は悪い笑顔を浮かべながら、不貞腐れる後輩の頬をつんつんする。これには堀越たちも苦笑いをするしかなかった。


「さてと。それじゃ改めて、自己紹介といこうか。行動心理学者の村雨紫音だ。そして、この子が後輩の──」

「さ、桜田葵です。歴史学を研究しています。よろしくお願いします!」


 紫音の言葉にやや被る形で葵も自己紹介を済ませる。なんだか面接のような感じになってしまったが、相手は特に気にせずに自己紹介に入った。


「陸上自衛隊・特殊任務隊所属、和泉悠衣です。隣の堀越とは2年ほど前からバディを組んでいます。私たちは想定訓練を何度もこなしてはきましたが、実際にタイムトラベルをするのは今回が初めてとなります。ですが、危機が迫った際には命に代えてでもおふたりをお守りいたします」


 淡々と話した和泉は頭を軽く下げる。短めに整えられた黒髪と無駄のない一連の動作が彼女の人となりというのを表しているように感じられた。

 彼女に続いて、堀越も自己紹介のために口を開いた。


「同じく、特殊任務隊所属の堀越彰です。これからよろしくお願いします。仕事とはいえ、先ほどは不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」


 そう言うと堀越は頭を下げた。どうやら理由を言わずに侵入を拒んだことについて、多少なりとも気にしていたらしい。でかい図体をしておきながら意外と繊細なのかもしれない、と紫音は頭の中で堀越に対する認識を改めた。


「いや、そう畏まらなくて良い。それが仕事だから、気にしなくても大丈夫」

「そう言われると、頭が上がりませんね。でもその分、護衛の方はしっかりと務めさせていただきます!」


 堀越は胸を張ってどんと宣言した。これは頼もしい。


「それにしても、少し緊張してしまいますね。なにぶん、ひとりというのは初めてなもので」


 その発言の中で何かに気づいた紫音は唇を引き絞り、身体をプルプル震わせていた。堀越が首をかしげていると、葵が申し訳なさそうに小さく手を上げた。


「あ、あの、僕も、男、なんですけど……」


 言い終わらないうちに、紫音がグフッと吹き出した。


「なっ、紫音先輩っ!!」

「おっと、そうでしたか!これは失礼しました」


 堀越は再び苦笑いを浮かべながら、頭の後ろに右手を回した。


「いえ、慣れてるんで、あはは……」


 このとき、葵は自分のことを嘲け笑っている先輩のことをいつかぎゃふんと言わせてやろうと誓った。

 そんなことは知るよしも無い紫音がひとしきり笑ったところで、話題は業務的な方面に移った。


 特殊部隊で想定訓練を積んでいるからとはいえども、だから余裕だとは言えないのがタイムトラベルだ。その時代の文化や情勢を理解し、あたかもその時代の住人であるかのように振る舞わなくてはならない。少しでも怪しい動きをすれば、問答無用で捕まってしまう可能性も大きい。

 それに加えて、タイムトラベルならではの問題がもうひとつ。


「二人に確認しておきたいのだが、『タイム・パンデミック』についてはどこまでご存じで?」

「一応、軍でひと通り学びはしました。40年前、初めてのタイムトラベルを成し遂げた城島じょうじま大我たいがという方が過去に流行った病原菌を持ち帰ったことで、世界中が大変なことになったとか」


 和泉もうんうんと頷いている。二人の間での認識は共通しているようだ。


「これであってますか?」

「ええ。過去の衛生環境というのは、私たちの時代から見ればあり得ないほどに劣悪だ。そこに巣くう細菌の中には、いまの私たちの免疫じゃ敵わないようなものも多い。タイム・パンデミックみたく、それが突然変異でもしたらどうなるかは全くもって未知数だ。そこで使用するのが」

「浄化装置、ですね?」


 和泉の答えに思わず舌を巻いた。


「おや、既に知っていたとは」

「話程度ですけどね」

「それなら話が早い。さっそく実物をお見せしよう」


 身をかがめると、箱状の物体を足下から取り出した。各面に開けられた細い穴と脇に取り付けられた色とりどりのボタンが特徴的な最新鋭の装置だ。


「これが浄化装置?」

「意外とコンパクトなんだな」

「技術の進歩をなめちゃあいけない。今のうちに、使い方を確認するとしよう」

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