第3話「隠密特殊部隊ヤタガラス」

 七瀬は、柳生桃馬をまじまじと見つめた。

 乱れた黒髪にアイマスク。白シャツはズボンからはみ出し、姿勢も態度もやる気が感じられない──だが、昨日「見えない銃」でテロリストを瞬殺したのは、間違いなくこの男だった。


「あの……天海警視正……」

「天海でいいわよ」

「さっき、会話に出た『ヤタガラス』って何のことですか?」

「隠密特殊部隊よ」

 あまりにもあっさりと言い切られ、七瀬は思わず息を呑んだ。

「表舞台には出ない。闇に潜み、法の届かない場所で悪を斬る部隊よ」

「え……ええっ!?」


 天海の視線は壁に掛けられた旗へ滑っていく。白地に黒い三本足のカラス。禍々しいのに、どこか神聖でもあった。


「警察にはふたつの特殊部隊がある。要人警護の盾『SAT』、凶悪犯対処の槍『SIT』。そして、そのどちらにも属さず、記録にも残らない影の部隊が存在する。それが公安零課──『隠密特殊部隊ヤタガラス』」

「お、隠密特殊部隊ヤタガラス……?」

「日本神話の八咫烏やたがらす。日本を正しい道へ導く、という願いを込めて、私が名付けたの」

 天海は壁の旗を見つめながら、ほんのすこし目を細めた。

「ちょ、ちょっと待ってください! どうして私がそんな部隊に!?」


 すると、桃馬はアイマスクをずらして、七瀬を蔑むように睨みつけた。

「おい、ババア。それで、この女は何ができるんだ? 射撃か? 格闘か? ま、昨日の様子を見る限りじゃ、何もできねえのが普通の見方だろう」

 低い声だった。だが、ただの乱暴者とは違う。部屋の空気が引き締まる声だった。


 桃馬の発言に対し、天海は「違うわ」と首を振る。

「彼女には秘めた資質がある。この部隊に必要になる人材よ」

 そして、励ますように、そっと七瀬の肩に手を置いた。

「天海さん……」


「はっ」

 しかし、桃馬はそんな天海の言動に、薄ら笑いを浮かべた。

「当てになんねえな、アンタの人を見る目は。この部隊の七人目は誰にも務まらねえ。キャリアも、叩き上げも、全員尻尾巻いて逃げてるんだ。そんな場所に、この何もできねえ女が務まるわけねえだろ」


 桃馬の吐き捨てた言葉に七瀬の胸がざわついた。

(逃げた? ここは、そんなに危険な場所なの……?)

 不安が胸を占める。桃馬は言葉を続ける。


「昨日だってそうだ。テロリスト相手に何もできず、言いなりだった。こんな女を入れたら足手まといになるだけだ」

「そうね……確かに足手まといになるかもしれない。否定しないわ。でも私はこの娘をヤタガラスに推薦する」

 桃馬に天海が強く言い切る。

「何だよ、その強気な姿勢の根拠は?」

「この娘は、ヤタガラスに必要な光になるから」


 桃馬の罵倒と天海の確信。 

 だが、天海の言葉に七瀬は胸が熱くなる。誰かが自分を必要だと言ってくれる。ただそれだけで、足が震えるほど嬉しい。


「神崎さん、この辞令、受けてくれるわね?」

 天海はニコリともしなかったが、その声は優しかった。七瀬は無言でコクリと頷いた。


「……馬鹿な女だねえ」

 桃馬は身体を起こした。

「忠告してやってんだよ。力も頭脳もねえ。そんなお前が、ここで生き残れるわけがねえ」


 桃馬の言葉が七瀬の胸に刺さる。

 隠密特殊部隊ヤタガラス──常識では測れない場所。危険なのは間違いない。怖い。だが、それ以上に「お前には無理だ」と断定されたことが悔しかった。


「や……やってみなきゃ、分からないです」

「あん?」

 まさかの反抗。桃馬は眉間にシワを寄せて立ち上がると、七瀬に近づいた。


 桃馬は七瀬より頭ひとつ分ほど高い。すらりとした体つきなのに、余分な肉は一切ない。野生の肉食獣のように無駄を省いた身体だった。

 黒髪がライトに照らされ艶やかに光る。長いまつ毛に縁取られた目元は女性のように中性的。しかし、その目の奥は暗く、深い闇を抱えているようだった。


「言うじゃねえか、満足に空も飛べない、ひよっこの分際でよ」

 桃馬は鋭い目つきで七瀬を睨んだ。

 七瀬は一瞬だけ息を呑んだ。けれど、ここで引いたら、本当に自分が何もできない人間になってしまう気がした。歯を食いしばり、桃馬を真っすぐ睨み返した。


「ねえ、サクラ──」

 仲裁に入るように、天海がパソコンを打っている女性の名前を呼んだ。

「貴女はどう思う? 神崎さんの加入を」

 サクラはキーボードを叩く手を止めて、無表情に上目遣いで天海を見た。


「……良いんじゃないですか、天海さんがそう言うなら」

 サクラは七瀬に興味がなく、再びパソコンに目を移すと、カタカタとキーボードを叩き始めた。


「……隊長」

 その時、コナンが桃馬に話しかけた。一枚の紙を手に持っている。

「奴等のアジトが分かりました。『無縁街むえんがい』の奥にあります」

 桃馬は紙を奪い取り、ざっと目を走らせると、天海を睨んだ。


「おい、ババア、ちょうどいい。これから出動だ。こいつを連れて行く。現場で使えるか、この俺が見極めてやる」

 桃馬はそう言うと紙を投げ捨てた。


 

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