クラス転移で堕とされたヤンキーは坩堝の底から愛を叫ぶ 

ひより那

第1話 立場逆転のハズレ職

 目の前が真っ白に塗り潰されたかと思えば、次に目を開けた時、鬼塚おにづか 竜二りゅうじたち高校二年生、一組の面々は見知らぬ石造りの広間に立たされていた。


「――ようこそ、異世界の勇者様がた」


 胡散臭いローブを羽織った老人が、芝居がかった口調でそう言った。

 いわゆる、異世界召喚というものだろうか。教室の連中がラノベだのソシャゲだので騒いでいた、アレである。

 床には複雑怪奇な魔法陣がまだ薄ぼんやりと光っており、現実感がなかった。


「きゃあっ! なにここ!」

「すげえ……マジで異世界?」


 クラスの面々がパニック半分、興奮半分で騒ぎ出す。状況が読めていないのは竜二も同じだったが、内心「とりあえず落ち着け」と毒づいた。

 竜二は、金髪に染めた頭をガシガシと掻く。制服は着崩し、ポケットに両手を突っ込んでいる。この妙な状況でも、いつものスタイルを崩す気はなかった。

 周囲には、いかにもなファンタジー世界の兵士たちがズラリと並んでいる。面倒なことになった、というのが彼の率直な感想だった。


「静粛に! 皆様にはこれから『職業ジョブ』を授かっていただきます!」


 老人――神官か何かだろう――の言葉で、クラスメイトたちは順番に水晶玉のようなものに触れさせられていく。


「おおっ! 赤松 健人様は『勇者』!」


 その声に、クラスの中心グループ、特に赤松が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。赤松は運動部の男で、教室では目立つ方だったが、竜二とは関わりのないタイプだった。


「すげえ! 俺、勇者だってよ!」

「私は『聖女』よ!」

「俺は『賢者』だ!」


 次々と響く、華やかな職業ジョブ

「剣聖」だの「魔導騎士」だの、子供が喜びそうな名前が飛び交う。


「……鬼塚くん」


 不意に、背後からか細い声がした。振り返ると、おさげ髪に眼鏡の地味な少女……白河しらかわ 琴音ことねが不安そうな顔でこちらを見ていた。図書委員か何かで、竜二とは接点ゼロの存在だ。


「なんだよ」

「う、ううん……なんでも、ない。怖くないのかな、って……」

「怖えか怖くねえかで言えば、面倒くせえが勝ってる」

「あ……うん」


 煮え切らない返事を残し、白河はすぐに目を逸らした。  やがて、クラスメイト全員の職業ジョブが確定していく。残るは、竜二と……。


「一之瀬先生も、職業ジョブを!」

「私は生徒の引率です! 教師であって、あなた方の勇者じゃありません!」


 彼らの担任、一之瀬いちのせほたるが、小柄な体を精一杯張って神官に食ってかかっていた。通称ホタル。ジャージ姿がトレードマークの熱血教師だ。


「まあまあ、そうおっしゃらず。あなた様は『魔導教師』という、指導に適した希少職ですよ」 「む……」


 言いくるめられたのか、ホタルは渋々水晶に触れている。そして、ついに竜二の番が来た。


「……鬼塚 竜二、か。ふん、その目つき、その髪……素行不良者だな」


 神官が、値踏みするような嫌な目で竜二を見る。知ったことではないと睨み返しながら、竜二は言われるがまま水晶玉に手を置いた。瞬間、水晶玉はチカッと弱々しく光っただけ。


「……む? これは……『付与術師エンチャンター』……?」


 神官が眉をひそめ、手元の羊皮紙と竜二の顔を二度見、三度見した。  その場の空気が、一瞬で凍る。


「付与術師……?」

「なにそれ、聞いたことない」

「ハズレ職じゃね?」


 クラスメイトたちが、ヒソヒソと囁き合うのが聞こえる。


「鬼塚にピッタリじゃん、地味なヤツ」

「ていうか、戦闘できんの? ソレ」


 さっきまで「勇者」だの「聖女」だので浮かれていた連中の視線が、憐れみと……明確な「侮蔑ぶべつ」に変わった。

 教室での力関係が、この一瞬でひっくり返った。これまで「鬼の竜二」と彼を恐れていた者たちが、安全圏から石を投げるように、嘲笑を浴びせてくる。


 特に酷かったのは、さっき「勇者」になった赤松だった。


「おいおい、マジかよ鬼塚ぁ。付与術師? 荷物持ちでもしてた方がマシなんじゃねえの?」 「……あ?」


 竜二が睨みつけると、赤松は一瞬怯えたように肩をすくめたが、すぐにニヤリと笑った。


「なんだよ、その目つき。もうお前は最強のヤンキー様じゃねえんだぜ? 俺は勇者、お前は……ハズレ職。立場ってモンをわきまえろよな」


 竜二は即座に理解した。彼らは、溜まっていた鬱憤うっぷんをここで晴らす気なのだと。

 出る杭は打たれる。学校では自分が「出る杭」だったが、異世界こっちでは、この地味な職業ジョブこそが竜二の「立場」となったらしい。


「赤松くん、やめなさい! 鬼塚くんも!」


 ホタルが止めに入ろうとするが、神官たちがそれを阻む。


「神官様」


 赤松が、芝居がかった仕草で神官に頭を下げた。


「あいつ、鬼塚は元の世界でも問題児でした。目つきも悪いし、協調性がありません。あんなヤツが俺たち勇者パーティーにいたら、足を引っ張るだけです」

「そうだそうだ!」

「俺もそう思う!」


 赤松の取り巻き連中が、ここぞとばかりに同調する。


「危険分子ですよ」

「追放した方がいい」


 白河が何か言いたそうに口を開きかけたが、周囲の空気に呑まれて俯いてしまった。……まあ、期待もしていなかったが。


「ふむ……」


 神官は、満足そうに頷いた。どうやら王国側も、最初から竜二のようなタイプは邪魔だったらしい。


「承知した。勇者様の貴重なご意見、感謝する。……兵士、その『付与術師』を連れていけ」 「待ってください! 鬼塚は私の生徒です!」


 ホタルが叫ぶが、兵士たちに羽交い締めにされる。


「先生は生徒たちの指導を。その男は、別メニューで『訓練』を施すまで」

「離しなさい! 鬼塚に何を……!」

「おい、クソジジイ。テメエ、今……」


 竜二が神官に掴みかかろうとした瞬間、足元の魔法陣が再び強く光った。


「ぐっ……!?」


 体が、鉛のように重くなる。「束縛」の魔法か何か。クソ、動けねえ、と竜二は舌打ちした。


「『鬼の竜二』だか知らねえが、もう終わりだ。せいぜい、異世界このせかいの肥やしにでもなってくれや」


 赤松が、ゲラゲラと下品な笑い声を上げる。



 竜二は抵抗も虚しく、兵士たちに引きずられていった。連れてこられたのは、街の外れにあるデカい洞窟……「グレイヴ大迷宮」とかいう、魔物の巣窟だった。


「貴様のような反逆者は、ここで死ぬのがお似合いだ」


 兵士の一人が、竜二の背中を蹴り飛ばす。


「おっと、ここはまだ浅層だったな。貴様には、もっと相応しい場所がある」


 兵士たちは竜二を担ぎ、迷宮の中を強引に進んでいく。魔物が出現しても、彼らは手慣れた様子で処理していく。

 数時間か、あるいは丸一日か。時間感覚もわからなくなった頃、竜二は底の見えない巨大な縦穴の前に突き出された。


「ここが貴様の墓場だ。『万魔の坩堝パンデモニウム』へようこそ」


 ゴウ、と奈落の底から不気味な風が吹き上げてくる。


「じゃあな、ハズレ職の付与術師サマよ」


 背中を、強く蹴り飛ばされた。

 宙に投げ出される体。急速に遠ざかっていく、兵士たちの嘲笑と、わずかな松明の光。


「……面倒くせえ」


 落ちながら、彼はそれだけを呟いた。


 裏切り? 上等だ。


 追放? 望むところだ。


 あの忌々しいクラスメイト共のツラを拝まなくて済むなら、奈落の底だろうがどこだろうが、自分は自分の好きにさせてもらう。竜二はそう決意した。


 まずは、この真っ逆さまの状況をどうにかしなければならない。

 竜二は、意識を集中した。さっき授かったばかりの、ハズレ職の力とやらに。


 対象、「自分の体」。概念コトバ、「……フワリ、と」。


 効果があるかどうかなんて、彼にとって知ったことではなかった。

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