5節10話 犠牲が開く道
飛びかかってきた〈ポーン〉に対し、とっさにヴァルカは〈シフト〉による転移で切り抜けようと考える。
が、その必要はなかった。
「ギャッ!」
背後から飛んできたミサイルのような鋭い〈ロックスピア〉が、〈ポーン〉を貫き、撃ち落としたのだ。
振り返ると、護衛隊の右側面後方を走っていた老兵が杖を構えていた。確か事前に聞いていた名前はバルド・ロッサ氏。土属性の魔道を得意とするベテラン中のベテランだ。
「……ありがとうございます」
ヴァルカが礼を述べると、「うむ」とこくりと一度頷く。それから視線はロイド氏のほうに向いた。
「……ロイド、俺の番だな?」
対する護衛パーティーリーダーの男は、黙って頷いて返す。その瞳はあまり感情を感じさせない。というより、感じさせないようにしていたのだと、ヴァルカは悟った。
「ならば、私もだな!」
左側面後方を走っていた老兵、ブライアン・クラレンス氏も声を上げる。
そしてブライアン氏はロイド氏の返事も待たず、あらかじめ決められていたことだと言わんばかりにバルド氏と目配せをすると、次第にふたりを乗せた馬は、速度をそのままに隊列を離れてそれぞれ外側へと単騎逸れていく。
「お、おい、あのおっさん達、列から離れていってるぞ!」
アルフォンスが気づいて、ロイド氏に慌てた様子で報告する。
それに対して彼は、ただ視線を前に向け、
「進め! 喋っている暇などない!」
とだけ返した。
それがどういうことか、他の面々は察している。それゆえに何も返さなかった。
魔獣達の意識は今、攻略パーティーと護衛パーティーに集中しつつある。こちらに気づいたやつらが、次々と追いかけてきた。恐らくは我々を察知した〈コマンダー〉が、排除するよう命令を自分配下の群勢に伝えたのだろう。
その対処のために、護衛パーティーはいる。
バルド氏とブライアン氏は一斉に、ある魔道を唱える。
「「〈ヘイト・フォーカス〉!!」」
唱えた途端、ふたりの肉体が赤黒い光に包まれる。それと同時にヴァルカ達の隊列に向いていた魔獣達の意識が、バルド氏とブライアン氏にそれぞれ切り替わったのだった。
(〈ヘイト・フォーカス〉……やつらの意識を魔道で自分達に引き付けたか)
その意図は言わずもがな、やはり囮を引き受けたのだと見て間違いないだろう。
バルド氏とブライアン氏はそれぞれ馬の進行を止める。その場に停止した彼らに、〈ヘイト・フォーカス〉の影響を受けた魔獣達がどんどん集まっていった。周囲を囲まれ、すぐにも逃げる余地を失う。
それでいい、元よりその予定はないのだから――――バルド氏もブライアン氏もそう言わんばかりに笑みを浮かべる。
「チェルシー、コリンナ、お父さんも……やっとそっちへ逝くからな」
バルド氏はそう言って、自身の乗る馬に「巻き込んですまない」と優しく撫でた。
一方、ブライアン氏も、
「バーニー、ボブ、デニス、ガイ、マックス……不甲斐ないパーティーリーダーですまなかった。今私もそちらへ逝くぞ」
そして、二人揃って最期の魔道を唱えた。
「「〈ゴア・バースト〉!!」」
時を同じくして、ヴァルカ達の隊列の後方――バルド氏とブライアン氏のいた位置で、爆発が起こった。突然の鼓膜揺るがす衝撃波に、思わず一行は後方に振り返る。すると〈ゴア・ボム〉には遠く及ばないが、集った数十体は一気に吹き飛ばしてしまうほどの爆炎が吹き荒れていた。
「今のって……」
ぽつりとこぼしたアルフォンスの疑問に、ヴァルカが静かに答えた。
「〈ゴア・バースト〉。〈ゴア・ボム〉の下位互換魔道だ」
「……!」
その言葉に、ようやくアルフォンスは意図を察した。
〈ゴア・バースト〉もまた自爆魔道である。通常は魔獣に追い詰められたときの自決を目的に、習得されることが多い。〈ゴア・ボム〉は習得が難しい上に、発動するとその爆発規模の大きさから、周囲の仲間まで巻き込んでしまうが、〈ゴア・バースト〉だと爆発の規模は小さくその懸念をある程度払拭できる上に、習得も容易というメリットがあった。
アルフォンスは悲痛そうに目を逸らし、前を向く。
何も言わないのは、それが必要であることを理解し、そして彼らが選んだ道であることを尊重するためだ。
当然、他の面々も言葉を紡がない。今散った彼らが望むのは、同情ではないからだ。
続いて、護衛パーティーの最後尾を走っていた老兵テッド・ターナー氏が、落ち着いた口調で言った。
「後ろから追ってきているな。ワシもゆくとしよう。達者でな、ロイド」
まるでちょっとした旅にでも出るかのように、
「うむ、テッド。今までともに戦えたこと、誇りに思う」
ふたりは軽く挨拶を済ませた。恐らく本当の別れは、出陣前に済ませているのだろう。
「〈ヘイト・フォーカス〉」
テッドを乗せた馬は速度を落としていき、やがて背後から迫ってくる魔獣の群勢に紛れてやがて見えなくなってしまった。
その後、しばらくして〈ゴア・バースト〉の爆発音が響き、爆煙が巻き起こる。
またひとり、またひとりと、護衛パーティーの老兵達は隊列から離れると、追ってくる魔獣達を引き付けて自身を囮にしつつ、可能な限り数を巻き込んで自爆していった。
その間、皆振り返らず、ただ前だけを見続ける。
(また、〝背負う〟者達が増えたな……)
ヴァルカはその背に想いの重みを感じながら、手綱を握る手に力を込めたのだった。
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