5節9話 出陣

 いよいよ、ヴァルカ達の出陣するときがきた。当初の予定通り全員乗馬、ヴァルカを先頭に攻略パーティーは隊列を組み、その周囲をロイド氏達が壁のように囲む形だ。

 あらかじめ魔道で補助されているせいか、全員が問題なく乗馬できている。アルフォンスはその経験がなかったようだが、コントロール含めて滞りなかった。


「先生、行ってきます」


「必ず戻れ」


「はい……!」


 エステルが傍にいるトレーユ先生と、別れの挨拶を交わしていた。先生は討伐者達の指揮官であるため、ここでお別れとなる。〝必ず記録を持ち帰れ〟でもなく、〝必ずダンジョンを攻略しろ〟でもなく、〝必ず戻れ〟なのは、このふたりの中ではきっと三年前の先生と生徒の関係から、何も変わっていないからだろう。

 トレーユ先生は隊列の前に出ると、大きな声で全員に呼びかけた。


「ひとつ言っておく。お前達は過去になりに行くのではない。未来を創りに行くのだ。無駄死には許さないぞ」


 そう言うと、視線をヴァルカに向けた。


「あとはミスター・グラン。任せた。何か皆をやる気にさせる一言を頼む」


 彼女は隊列の前から退き、通り道の邪魔とならないよう脇に立った。


「私……ですか?」


「他に誰がおる? リーダーさんよ」


 代わりにすぐ背後にいる古老のごとき話し方の女副リーダーが、ニヤニヤとイタズラっぽく笑みを浮かべている。


「……特別凝った言葉は思いつかない」


「なんじゃつまらんのう」


「ただ、私はやるべきことをいつも通りやるだけだ。やつらから受けた痛みを、苦しみを――押し付けられた理不尽を、ただただすべて叩き返す……それだけだ」


 ヴァルカは瞳に覚悟を宿らせて、これから進む道の先を見据える。


「ふむ、〝理不尽を叩き返す〟か。ワシ好みの言葉だな」


 共感して頷くのは隣に控えるロイド氏である。


「よっしゃ、すべて受けたもんそっくりそのまま突き返してやろうぜ!」


 と、アルフォンスもロイド氏に続くように、胸の前で左手のひらに右拳を打ち付けて気合を見せる。

 その隣のアンナもやる気だ。


「ダンジョン、攻略してやろうじゃない!」


「回復なら任せろ!」


 バロックも皆に声を掛ける。

 そして――――。


「行くぞ!!」


 というヴァルカの掛け声に皆が、


「「了解!!」」


 と応えた。

 そして彼の馬が駆け出すと、あとに十五人を乗せた各馬も続いたのだった。




 渡された地図によれば〈セイラム・ダンジョン〉の場所は、その名の通り旧セイラム魔道学園にある。そしてその詳しい場所は――――。

 何の因果か、訓練場跡地だった。


(あの場所か……)


 偶然か、あるいは何か意図があるのだろうか。

 否、やつらに明確な高い知性までは、確認されたことはない。

 その場所まで更地になっているため、馬を妨げるものは魔獣以外ない。

 言い換えれば、そいつらが進行を妨げる。視界の果てには、〈タイプ:コマンダー〉一体を始めとする群勢の絨毯が広がっていた。囮作戦は比較的上手くいっているようだが、それでも完全にルート上から引き剥がすのは不可能だった。


「むっ……〈ガーディアン〉か」


 ロイドの表情が険しくなる。遠い視線の先、一行の道を塞ぐように一体の〈タイプ:ガーディアン〉が現れた。距離があるせいで視界にはまだ米粒のような大きさで映っているが、実際は推測するに六メェトほどと一行は見積もる。

 話には聞いていたが、今までダンジョン付近に近づいたことのないヴァルカは見るのが初めてだ。


「あれが……」


 視認すると同時に、


「〈シフト〉」


 そう呟くように唱えると、馬上からその姿が消失する。そしてそのまま連続〈シフト〉によって、まるで空中移動でもするかのように走る馬よりも先行して、敵に接近した。


「ウガァ……!」


 近づいてくるヴァルカに、〈ガーディアン〉は反応して握りこぶしを振り上げる。その手はすでに赤黒い液体で染まっており、何人もの人間の命を奪ってきたことを窺わせた。

 そしてためらいなく、その肥満の巨人は肥大化した手を振り下ろす。

 が――――そこにもう狙ったはずの獲物の姿はない。


「こっちだ」


 ヴァルカは、〈ガーディアン〉の頭上に上下逆さまになって出現していた。

 そして、右手の平を自身の胴ほどもある頭部の天辺に置き、〈ファイヤーボール〉を〝転移〟させた。

 その内部へと。


「……焦げ果てろ」


 その呟きと同時に、脂肪で膨れた肉玉が内部より激しく燃え上がる。


「ウギャァアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――!!」


 愚鈍そうな外見に似つかわしくない、甲高い悲鳴が戦場に響き渡った。

 この程度の敵であれば、やり過ごすことができればいいだけのこともあり、〈アシュクロフト・システム〉を起動させるまでもない。左腕の本領発揮は、相手を確殺したいときだけ使えばいいのだ。


 内部から焼かれて無事な生き物なんているはずもなく、右手を添えられた時点でこの巨人の運命は決まっていた。

 ヴァルカはもがき苦しみながらその場に蹲る〈ガーディアン〉を尻目に、再び連続〈シフト〉の行使で、主がいないままでも走り続けていた馬上に戻った。

 一行の走る馬は絶命して物言わぬ野焼きとなった肉塊を、左右に避けて通り過ぎていく。


「ほほう、初めて見るが、それがお主の戦い方か」


 感心した様子で、ドリス博士が横に馬を並べてくる。


「……ああ」


 と答えていると、反対側からはロイド氏も接近してきて、


「このバカモンがっ!!」


 なぜか怒られてしまった。


「お主の戦いはダンジョンの中だろうが! 魔力を温存させなくてどうする! ああいう露払いはワシらの仕事じゃ!」


 たかがあれくらいで魔力が尽きてしまうほど、〈最大貯蔵量〉は少なくない自負があるが、とはいえ何があるかわからない以上、この先温存しておくことに越したことはないので、素直に頭を下げる。


「あ、ああ……すまない」


「わかればよい!」


 その様子を見ていたドリス博士は、ぷぷぷとイタズラっぽく笑みを浮かべていた。


「ふむ、珍しいものを見れたの。こうして見ると、年相応――まるで祖父に怒られた孫のようじゃ」


「……そうか?」


「ほんとお主は感受性に乏しいのう」


 どうやらからかったつもりが、思ったような反応を得られなかったせいか不満のようだ。


「悪かったな」


「……ま、今日を機会に、幾許か戻ることを願っとるよ」


 そもそもあまり感受性が落ちただとか、そういう自覚はなかった。

 三年前の自分であれば、このときどのような反応をしていたのだろうか。

 ――なんて、考えていると、


「ギギャーッ!」


 突如〈ポーン〉が視界の端から飛びかかってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る