5節5話 エステルの〝眼〟

 それから彼女に言われたとおり、一同はそれぞれ適当な席に座った。ヴァルカは中央二列のうち左側一番後ろに座り、その隣にドリス博士が座る。同じ中央二列の一番前の右側にアルフォンスが座って、もっとも左側列の窓際の前から四番目の席にアンナ、逆にもっともに右側列の前から二番目にバロックが座った。


「それで、どうして数がこれだけなの?」


 頬杖を突きながらアンナが尋ねる。改めて一番後ろの席から部屋全体を見渡すが、学園時代や前世の学校の教室風景を思い出した。本来であれば、もっとこの景色の記憶で人生を埋められたはずだった。


「エステル」


 黒板の前に立つトレーユ先生が名を呼ぶと、その隣で控えていたエステルが待ってましたと言わんばかりに、脇に立てかけてあった丸めた大きな紙を広げて、黒板に貼り出した。

 それは、地図だった。それも何かの屋内の――――。

 すぐにヴァルカは感づいた。


「……! ダンジョンの地図か……?」


「察しがいいな。そのとおり、これはダンジョンの〝途中まで〟の地図だ」


「えっ!? 一体どこで……」


 声を上げて椅子から腰を浮かせるアルフォンス。アンナもバロックも同様に驚愕し、ドリス博士も目を丸くしていた。

 当然だ。今までダンジョン攻略はどれも全滅して失敗している。なのになぜここに内部構造の情報があるのか。誰が持ち帰ったのか。


「その驚きは理解できる。そのあたりについてはのちほど話そう」


 トレーユ先生のその言葉に、この場は皆一旦口を噤んだ。まずはあくまでパーティーの人数についての話である。


「今回のダンジョン攻略パーティーがこの人数である理由――そもそもなぜ少数精鋭なのかという点から話そう。この入口の道をよく見てほしい」


 トレーユ先生が、地図に描かれた入口から伸びる通路を指差す。それは細くて狭い横一線の一本道で、途中で途切れていた。


「……なるほど、細くて狭いわけか」


 ヴァルカの言葉に、先生が頷く。


「しかも観測した範囲では、一本道だ。ここに大軍を送り込めば、いざ奥から敵が出てきて戦闘になったとき、身動きが取れなくなり混乱状態に陥る。内部が未知数なことと突入者の精神状態を鑑みると、小隊規模ですら多いとの見立てだ。道が味方で詰め詰めだったから、動けず負けましたは笑えない」


 彼女の言葉にバロックがふと気づく。


「それなら分隊かそれ未満の規模の隊をいくつも作って、突入を複数回に分けるって手はできないのか?」


「可能だ。敵が何度もダンジョンに入るチャンスを、恵んでくれるならな。正直たったの一度ですら、確実とは言えんのが現状だ」


「それもそうか……」


 バロックはため息をつく。そもそも容易に敵の本拠地に何度も入れるなら、そう苦労はしない。

 アルフォンスは室内にいるメンバー達を見回した。


「だからここにいる六人が、唯一のダンジョン攻略パーティーとなるわけか」


 事情に納得はしたものの、不安は残るようである。

 ヴァルカは言った。


「目的はダンジョンの破壊、あるいは拠点としての機能停止だ。出くわす魔獣すべてを、相手せねばいけないというわけではない」


 それに頷くのはアンナだ。


「そうね、不要な相手は全部無視でいいわ。なんなら最奥に何が待ち受けているかわからない以上、戦わずに魔力や体力を温存できればそれが最善ね」


 その言葉を聞いて、ややアルフォンスの表情から緊張が和らいだ。


「ああ……そうだな、何も全部倒さなければいけないわけでもないよな」


「しかし最奥か……一番奥には何があるんだろうな」


 そうこぼしたバロックの素朴な疑問に、パーティーメンバーの視点は黒板の地図に向く。途中で途切れていて、その先はわからない。


「それについては、まずそもそもどうやって途中までとはいえ、内部構造を知るに至ったかを話そう」


 トレーユ先生はエステルに顔を向け、話題を引き継がせた。

 エステルは頷き、応える。


「地図を作れた秘密は、これです」


 そう言って、自身の眼帯を取り外した。


「……!」


 するとその下にあったのは眼――ではなく、瞳を小さな金色の人工水晶にした義眼だ。


「義眼型の装杖か……!」


 ドリス博士が強く反応した。


「まだ一般には実用化されていませんが、オリエンス帝国が誇る義眼型装杖〈シムラクルム〉と言います。起動中に〝視た〟ものを、すべてこの義眼に記録することができるんです。音の記録まではまだできませんが――――」


 彼女はヴァルカの席の横にまで歩いてくると、くるりと振り返り、黒板に視線を向けてかく唱えた。トレーユ先生も黒板脇に移動する。


「《ベアトリクス・システム――――起動》」


 エステルのその言葉と同時に、義眼が光を放つ。そしてまるで前世でいう映写機のように、黒板に貼られた地図に被せて、まさしく〝映像〟が映し出された。その映像には望遠で、森林地帯を群れで進む魔獣の群れが映っている。恐らくはオリエンス帝国の旧フェリックス王国側国境付近だろう。過去の侵攻を記録したものだ。

 おお、と感嘆の声が皆から上がる。そこにはドリス博士のも含まれていた。


(なるほど、映写機能付きのビデオカメラか)


 科学文明の発達が前世の地球より遅いこの世界では、この機能は見慣れぬものだろう。アルフォンス達の不思議そうな顔を見ていればわかる。


「こんなふうに記録したビジョンを、まるで動く絵のように、壁などに像として映すことができます。我々は〝映像〟と呼んでいます。――――《起動終了》」


 起動終了、という言葉に合わせて、映像は消失し、彼女の義眼の光も収まった。

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