5節4話 元S級討伐者
「来てくれたことに感謝します、ドリス・アシュクロフト博士」
恭しくトレーユ先生が頭を下げる。ならって隣のエステルも頭を下げていた。
「少し時間には遅れてしまったようだがの」
どうやら呼んだのはトレーユ先生らしい。
アルフォンスやアンナも喧嘩を忘れ、新たな登場人物に意識を向けている。
「誰だ? このちんちくりん?」
ぽかんとした顔で、アルフォンスは彼女を指差した。その指を慌ててはたき落としたのは、アンナだ。
「ちょっと知らないの!? ドリス・アシュクロフトといえば、あっという間にS級まで昇り詰めた天才討伐者よ!」
「えっ! S級!?」
「〝元〟じゃがな。おまけに前衛ではなく、補助魔道を主とする後衛じゃ。ちなみに今はただの装杖の研究者じゃよ」
そう言ったドリス博士にアンナは近づき両手を握ると、まるで往年のファンであるかのようにテンションを上げて笑顔を向けた。
「お会いできて光栄です……! 元とはいえ、S級の方に会えるなんて! もしかしてヴァルカさんの義手は、ドリスさんの開発ですか!?」
「なんかぐいぐい来よるのう……。まあ、こやつの義手は確かにワシが造ったが……」
珍しくドリス博士が気圧されていた。意外と押しには弱いのかもしれない。
「ミーハーだな……」
と、アルフォンスがボソッと突っ込むのだった。
「彼女をお呼びしたのは、元S級であること以上にミスター・グランの義手の開発者だからだ。彼の〈銀腕〉は〈タイプ:コマンダー〉の切り札。大事な戦いのとき、そばにいてくれると心強い」
そうトレーユ先生が、ドリス博士を呼んだ理由を説明する。確かに戦場で〈スペムノンハベット〉に何かトラブルがあったときを考えると、開発者である彼女が常にそばにいるのは何かと安心だろう。
特に今回のクエストは負けられない。
「……しかし博士が元S級か。初めて知った」
ヴァルカもこの事実は知らなかった。年齢的にも研究者人生一本だと思ってたからだ。そもそも討伐者であった過去も知らない。S級なんてA級よりも珍しいのに、身近にいたなんて意外である。
「もうかれこれ十年くらい前の話で、言うほどのもんでもないと思ってたからの」
「なぜやめたんだ?」
「単純に、ひとりのS級が活躍するより、研究で百人のB級並みの人材が増えるほうが、今の世界には重要だと思ったんじゃよ」
確かに数で攻めてくる魔獣相手には、最上級であるひとりの人間を戦場に投入するより、中の上から上の下くらいの大量の人間を揃えたほうがより有効だ。たとえS級でも、人ひとりでは世界を守りきれない。
意外と、といえば失礼だが、彼女もまた世界のためにいろいろ考えているのだと思った。
個人的な事情だけで戦っている自分より、ずっと立派な人だ。
「……思ったのだが、パーティーリーダーは彼女ではダメなのか?」
ヴァルカはふと思った疑問を口にする。S級なんて数えるほどしかいない天才だ。ドリス博士のほうが、適任だと思った。
その問いに答えたのは他ならぬドリス博士本人だ。
「ワシにはブランクがあるからの。現役時代もリーダーまで経験したことはない。その点お主はパーティーリーダーを引き受けた回数は、一度や二度ではないじゃろ?」
「まあ……必要があれば、そのたびに引き受けていた。だが、リーダーが格下なのは、体裁的に問題ないのか? 一般的にリーダーは、もっとも等級の高い者が務めるものだ」
前回の共同作戦に関しては、ギルドが現場指揮も担う特殊なクエストだったので、指揮していたのはギルド職員のラウラ・マクラウドだったが。
「それならなおさら問題ないのう」
そう言って取り出したのは、新品のギルド証だ。しかもオリエンス帝国エノク支部が発行元になっている。
「久々にセト支部のギルド証を取り出したら、期限切れで埃を被っておっての。それで今回の参加に合わせて、こっちで再登録したのじゃ。期限切れでの再登録じゃと、等級もリセットになるからの。今のワシはE級じゃて」
「エノク支部の討伐者になったのか」
「それは少しこちらの事情もあってな」
説明を継いだのはトレーユ先生だ。
「攻略パーティーのメンバー構成が、エステル以外全員アウロラ側というのが、少し上のやつら的に具合が悪いらしくてな。そこでアシュクロフト博士には、こちらで再登録いただいたんだ。元S級なら、〝バランス〟が取れるとな」
「ま、そういうことじゃ。大人の事情というやつじゃよ」
やれやれといった顔をするドリス博士。
「……では、これよりブリーフィングを開始しよう。攻略パーティーのメンバーも全員揃ったことだしな」
そう言ってトレーユ先生がまとめた。それに対し、アルフォンスが不思議そうな顔をする。
「ん? 全員? ちょっと待てくれ。たったこれだけでダンジョンを攻略するのか……?」
「そうだ」
ためらわず頷く先生に、アルフォンスは途端に慌てだす。
「じょ、冗談だろ!? 魔獣の巣に突っ込むんだぞ!? これだけで行くのかよ!」
「……そこは私も気になるわ。さすがに少数精鋭と言っても、もう少しいると思ってた。確かにヴァルカさんやドリスさんがいるのは心強いけど、人は多ければ多いほどいいわ」
アンナも同意見のようである。口には出さないが、バロックやヴァルカも、彼らの疑問の答えを視線でトレーユ先生に求めた。
「ちゃんと説明はする。立ち話もなんだし、まずはご着席願おうか」
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