3節3話 自爆の魔道

「撃破って言っても、確か〈コマンダー〉って魔道も物理も、一切効かない特殊な身体してんだろ? どうやって倒すんだ?」

 

純粋に疑問を呈するアルフォンスに、呆れた顔でバロックが尋ねる。


「お前、出発前のブリーフィング聞いてなかったのか?」


「ちょ、ちょっと途中からウトウトしてたかも……」


 それにはさすがに残り九人の呆れ果てた視線が注がれる。

 そう、〈コマンダー〉には、攻撃が効かない。剣や斧などの物理的なものから、魔道による魔力攻撃、そして魔力を用いない火薬による爆破なども一切受け付けないのだ。


 つまり、無敵。

 これが魔獣の群勢を殲滅ないし、撃退が困難な理由の一つである。その巨体の体表にはあらゆる攻撃を無力化する特殊な透明の膜、ないしこれもまた人類にとって未知の魔道による保護が働いているとされ、今のところ人類の持つあらゆる手段がその皮膚を傷つけることに成功していない。


 が――――。


「基本的に〈コマンダー〉は上級火属性魔道、〈ゴア・ボム〉によって討伐できます」


 丁寧にラウラが答えた。おさらい――他の者達へのリマインド目的も兼ねてだろう。


「〈ゴア・ボム〉って……! 確かにすげー強いけど、肉体を崩壊させて魔力すべてを爆発力に変える自爆魔道だろ!? 自殺するのかよ!?」


 アルフォンスは驚愕する。自分を犠牲にしないと発動しない魔道を、わざわざ使うことに驚かない者はいない。


「それしか効かないってことか……?」


 アンナは肩を竦める。


「ちょっとどころか、爆睡してたでしょ?」


「うぐ……」


「正確にいえば、〈ゴア・ボム〉も通常のやり方では効きません。その特殊な体表によって、無効化されるでしょう」


 補足するようにラウラは言った。


「は? それじゃ、自爆する意味ねーじゃねぇか!」


「ええ、そのままでは無駄死にです。なので、敵の〝体内〟で魔道を使用するのです」


「えっ……? 体内?」


「〈コマンダー〉の討伐は〝基本〟的には、〝必死隊〟による犠牲前提の戦法を取ります。言い換えれば生贄です」


「いくら〈コマンダー〉と言っても、体内は無敵ではないのよ」


 ラウラの説明を、アンナが視線をうつむけて引き継いだ。


「あらゆる生物の弱点ね。魔獣の群れの中に隊を突っ込ませて、護衛担当が周囲の敵や〈コマンダー〉自身の注意を惹きつけている間に、隙を見て〈ゴア・ボム〉発動者が口内に潜入――要するに自分から捕食されに行くの。〈コマンダー〉は歯を持たず、丸呑みで捕食するから、発動者はそのまま体内に潜り込める。そして消化によって死ぬまでに、魔道を発動するって戦法よ。まあ、これを〝戦法〟と言っていいのかわかんないけどね」


 アンナの説明に、バロックが付け足す。


「護衛パーティーも、発動者が食われるまで注意を惹きつける目的に特化して、必要最低限しか割かれていない。だから生き残るのは稀でだいたい殺される。よしんばそのとき生き残れたとしても、〈ゴア・ボム〉の絶大な火力に巻き込まれて生存は見込めない」


「そんな……」


 アルフォンスは自らの命と引き換えにする戦い方に、言葉を失ったようだ。しかし現実として、より多くの人類を生かすために、少数の犠牲はもはや必須なのだ。

 そこで、ふと彼はある矛盾に気づいた模様。


「あれ? でもよ、〈コマンダー〉って体表に攻撃弾く何かがあるんだろ? 体内で〈ゴア・ボム〉を使っても、皮膚の裏から無効化されねーのかよ?」


 アンナが解説する。


「恐らく効果を防ぐのは外からのもの、つまり一方から飛んできたもののみで、反対方向から――体内からのものはそのまま素通りするみたいね。それがその無効化能力の特徴として〝一方からしか防げない〟のか、魔力を節約するために〝一方からに絞っている〟のかはわからないけど」


「でもそれで……本来なら生き延びられるかもしれない護衛も、確定で死んじまうのは……やるせないな」


「まだ〈コマンダー〉撃破という、〝名誉〟を果たせた上でならマシなくらいよ。このやり方は失敗も多い。そもそも〈コマンダー〉を守る群れを突破して、わざと捕食されるというのが一番の難関。そして負傷しつつ発動者を体内に〝仕込めて〟も、発動までに力尽きたのか土壇場で怯えて何もできなかったのか、不発に終わったケースもあるわ。当然失敗イコール護衛含めて犬死に。こんな杜撰なのに、特に世連軍は好んで使用するわね」


 アンナの表情は暗さをさらに濃くする。


「も、もっといい案なかったかよ! その体表の膜をなんとかするとかさ!」


 訴えるように怒りを交えた声をアルフォンスは上げる。

 対してラウラが冷静に答えた。


「それを考える時間、技術、人材を揃えている時間があれば、そうしていたでしょう」


「くっ……それも、そうか」

 と、仕方なくも受け入れかけたところで、アルフォンスはふとある可能性に辿り着く。


「って、もしかしてこのパーティーって、その必死隊なのか!?」


 先ほどの暗い表情とは打って変わって、呆れた目でアンナはアルフォンスを見据えた。


「バカね、そんな作戦にわざわざ志願すると思う? そもそもこの中の誰も、〈ゴア・ボム〉なんて高等な魔道使えないわ」


「へ?」


「このことは募集要項にも書いてあったと思うけど?」


「うぐ……〝激戦地への派遣〟って文字しか見てなかった……」


 〝英雄志願者〟らしいムーブに、もはや誰も呆れて反応もしなかった。


「今回の作戦は世連軍との共同作戦なので、もちろん予備のプランとして必死隊の準備も別にあります。ただそういうのは使命感あふれる彼らの役目でしょう」


 ラウラがメガネのブリッジをくいっと上げる。これから戦場に向かうというのに、常に冷静だ。


「先ほども申し上げましたが、〈コマンダー〉は〝基本〟的には〈ゴア・ボム〉による自爆特攻で討伐します。ですが、今回我々のパーティーが用いるのは、生還前提の戦法です」


「生還前提……?」


 どういうことだと首を傾げるアルフォンス。


「それを今から――」


 とラウラが説明を続けようとした、そのときだった。



 ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!



 馬車を大きく震動させる衝撃とともに、その他のあらゆる音を押し潰すような爆発音が鳴り響いた。

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