3節2話 黒マントの男

 スキンヘッドの男は答えた。


「私か? 私は金だな。妻と子を養わないといけない。討伐者は危険な仕事だが、激戦地であればそれなりに報酬もいい。一気に稼いでいつか討伐者を引退し、安全な国に引っ越して妻と子と平和な生活を送るのが目的だ」


 黒髪の女性は己の意志のため、少年は名誉のため、スキンヘッドの男は金のため。この幌馬車には、様々なバックボーンを持つ者達が乗っているようだ。


「……おっと、そういえば、まだ名前を名乗ってなかったな。私の名前はバロック・スーサン。得意魔道は治癒、B級討伐者だ」


 スキンヘッドの男が自己紹介する。

 討伐者には実績や実力に応じて、最上位のS級から、新人のE級までランク付けされている。E級は新人、D級は見習い、C級は一人前、B級はベテラン、A級は達人、S級は偉人クラスとされており、上位にいくほど人口は少ない。多くの凡人はC級止まり、一部才ある者がなんとかB級に届き、その中でさらに限られた一握りの天才がA級となれて、S級は一国に数人程度しかいないほど希少である。


 このクエストは最低限の実力が求められること、しかし危険内容から応募者の数がほしいことから、最低応募ランクはC級とされている。したがってこの馬車に乗るのは全員C級以上だった。


「そのなりで治癒かよ……。俺と同じ強化魔道特化だと思ってたぜ」


 信じられないといった目で、少年はバロックを見た。


「よく言われる。さっきも言ったが、元々支援部隊出身だ。ヴェスパー王国のな」


「ヴェスパーって……三年前に魔獣のせいで……」


 黒髪女性が問う。


「ああ……家族を守り切るので、精一杯だった」


「ごめんなさい、余計なこと掘り起こしたわね」


「いや、このご時世珍しくないんだから、気にしないでくれ。守りきれたからというのもあるが、国より家族を優先したあのときの選択は、今でも間違ってないと思ってる」


「ええ、貴方の選択に敬意を表するわ。私はアンナ・ローゼ。得意魔道は氷属性。C級ね」


「少年、君の名は?」


 バロックが視線を少年にやり、聞いた。するとその橙色の短髪をかき上げて、


「よくぞ聞いてくれました。俺はC級討伐者――アルフォンス・ダイオン! 英雄になる男さ!」


「……そ、頑張ってね」


 呆れた目でアンナは素っ気なく返した。


「リアクションが氷属性すぎる!」


「ハハハ! 若いっていいな。私も昔はそういった英雄願望があったよ」


 対してバロックは愉快そうに笑った。


「バロックのおっさんも?」


「ああ、私にはどうやら、その才能はなかったみたいだがな。でもその代わり、今では家族の幸せが夢さ」


 ――そんなふうに三人が他愛ないやり取りしていると、進行方向向かって先頭左側に座っていたメガネの女性が唐突に口を開いた。


「……そろそろ目的地に近づいてきたので、作戦のおさらいをします」


 その声に十人が一斉にピリついた。

 メガネの女性は、何やら数枚の用紙を挟んだ木製のクリップボードを取り出して、話を続ける。


「まずはご挨拶を。この度、このパーティーの現場指揮やサポートをさせていただきます、討伐者ギルド〝セト支部〟のラウラ・マクラウドと申します。以後お見知り置きを」


 セトとはアウロラ共和国の首都である。皆を乗せた馬車はそこからやってきたのだ。

 それからメガネをクイッと上げ直すと、


「現在我々の馬車が向かっているのは、アウロラ共和国と旧フェリックス王国の国境線付近にあるオルトラ峡谷です。最新の報告によりますと、魔獣の軍勢約三万が国境沿いの村ミルスに向かっています。現在世連軍とアウロラ軍が、塞き止めているとのことです」


「出る前のブリーフィングでも言ってたけど、やっぱ世連軍が上手くやってんだな……俺らあんまやることなさそう」


 そう残念そうにアルフォンスは後頭部で腕を組む。何人か経験の浅い者達は同様の意見のようで、同じようにため息をついた。別に世連軍がいようがいなかろうが報酬額は変わらないが、魔獣を倒して名を揚げたい英雄願望の強い者は、獲物を取られた感覚に陥るのだろう。


「……その〝最新〟の報告とやらはいつのだ?」


 そう質問したのは、今までずっと一言も発しなかったボロボロの黒いマントを羽織った男だ。歳はだいたい十代後半から二十歳前後。ラウラの向かいに座っていて、腕を組んでいる。襟足まで伸びた黒い髪と、顔の中心を横断するように、左頬から鼻背部を通って右頬まで伸びた横一文字の大きな傷跡が特徴的だ。

 結構好みかも、とアンナは内心思う。


「前回の中継点である村で受けた報告ですので、約二時間前となります」


「……そうか。遮って悪かった」


「いえ」


 それから男はまた黙った。しかしその目は先ほどより険しく、そして鋭く、ここではない何かを見据えている。思わずアンナはその瞳に見入ってしまった。


「では続けます。我々のクエストはこの人数規模のパーティーから見てわかる通り、少数精鋭、すなわち前線で真正面から魔獣を迎えるのではなく、主力軍側面から敵後方に回り込み、群勢の唯一の司令塔、巨大魔獣〈タイプ:コマンダー〉をピンポイント撃破することを、目的としています」


 〈タイプ:コマンダー〉。数万ごとの群れに基本一体存在し、万単位の群勢を指揮する役割を持った司令専門の魔獣だ。その見た目は尻尾と後ろ両脚を持たないトカゲ。例によって全身を体毛なき白い肌に覆われ、口以外の目や鼻、性器といった器官を持たない。そういった部分は他の魔獣とあまり違いはないが、特徴的なのはその大きさである。全長にすると三十メェトは超えるだろう巨体だが、細長い蛇のような〈ドアノッカー〉とまた違ったタイプで、横幅にもでっぷりした大きさを持つ。


 一方、その大きさのわりに本体はさして戦闘能力は高くなく、攻撃に魔道も使わない。ただしどう動くかの指示を一気に全軍に伝達する特殊能力を持ち、その速度は現人類のそれを遥かに凌ぐ。命令自体はシンプルで人類ほど複雑な戦略は立てられないものの、万の生き物が一斉に方針を変えられるので脅威である。この存在のせいで、魔獣の群勢はまるで一体の生き物であるかのように振る舞えるのだ。


 恐らくはその伝達手段には、人類にとって未知の魔道が用いられており、見えない聞こえない不可視の伝達を可能としている。そこに常に変換する魔力を確保したいがゆえに、攻撃手段に魔道を用いないのだとされている。


 そしてこの一体を倒すと、今まで積極的に人類を襲っていた魔獣達は、まるで時が止まったようにピタリと静止する。命令が伝達されなくなると、突如生物らしさを失って彫刻のように、その指揮系統にあった個体は皆一斉に硬直するのだ。そうなればあとは動かない相手を一方的に屠るだけなので、人類側の勝利もかたい。逆に言えば〈コマンダー〉を撃破しなければ、相手が多ければ多いほど苦戦を強いられる。


 人類は万に届かない魔獣の群勢であれば、それなりに追い返すことに成功しているのだが、壊滅させた経験はほとんどなく、その数少ない経験はすべて〈コマンダー〉撃破が成功した戦場だった。

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