1節8話(1節最後) ダメ女教師フィスティス・トレーユ

 放課後、夕方――。ヴァルカはひとり図書室に向かっていた。リィナはマヤさん達と女子会と称して、すでに下校。最近評判のカフェでスイーツを堪能するらしい。

 一方で自分はというと――。


(教科書以外の魔道書といえば、やっぱ図書室だよな)


 ひとり魔道の勉強に時間を充てることにした。自分でも使えそうな魔道の載った魔道書があれば借りて、ひとり習得のために特訓だ。


 一応女子会にも誘われたが、さすがに断った。それは勉強と特訓をするからというのもあるが、単純に自分がいるとできない女同士の会話というものもあるだろうからだ。リィナには友達との時間も大切にしてほしいのだ。あとそもそも自分は女子じゃないし。


「しかし結局、作戦会議って言いながら、九割は関係ない話だったな……」


 〝女三人寄れば姦しい〟という言葉が前世にはあったが、まさにそのとおりで、作戦会議なんて最初の五分くらいしか成立せず、残りの昼休みはすべて最近流行のファッションやスイーツ、音楽といった話題に消えていった。しかもその五分の会議もさっきの授業でのリィナとビビの喧嘩の話題が中心で、ギリギリ魔道に関係あるというだけだ。なお、ヴァルカはほとんど女子独特の勢いやテンポ、流れに参加できず付いていけず、愛想笑いで相槌を打つだけの置物であった。


 まあ、まだ一ヶ月も猶予はあるのだから問題ないだろう――と思うことにした。

 ――そんな図書室への道中、ある人物と出会った。


「あ、ミスター・グラン」


「トレーユ先生」


 背中まで伸びたブラウンヘアを揺らし、白衣のように白いローブをまとうその女性は、保健室の養護教諭フィスティス・トレーユ先生だ。来月の対抗戦で治癒魔道担当を受け持つ審判のひとりで、メーア先生の同期でもある。メーア先生をかっこいい系とすれば、トレーユ先生は大人の色気を醸し出す美人系と言っていいだろう。


「ちょうど、貴方を捜してたの!」


「え、俺をですか?」


 一体何の用事だろう。思い当たる節がなく、ヴァルカは考え込むようにして腕を組む。

 そんな彼に彼女は、童貞であれば一発陥落必至の妖艶な微笑みを浮かべながら、すっと手のひらを上に差し出した。


「お金貸ーして」


「嫌です」


「答えるの早いわよぉ!」


「いやいや、出会い頭に生徒に何お願いしてるんですか……! というか、このために俺を捜してたんですか?」


「そうよ」


 と悪びれもなく答えるダメ教師。


「この前貸したからって、調子に乗らないでください」


 以前階段で躓いて転んで保健室で治療を受けた際、〝今月ピンチなの~!〟と泣きつかれて仕方なく貸してあげたのが良くなかった。それで〝あ、こいつはせびれば貸してくれるやつだ〟認定を受けたのだろう。


「先生にその言い方はダメでしょ?」


「生徒から借金するのはもっとダメでしょう……」


「……いけず」


「だいたい、前に貸した千ノームも返してくれてないじゃないですか」


 〝ノーム〟とはこの国の通貨単位である。千ノームは平民がこの王都で外食した際のだいたい一食分の値段だ。そこまでの金額ではないが、実はまだ貸したままである。


「いやだって、他の生徒にも返さないといけないし……」


「どんだけ借りてるんですか……」


「貴方は今までに食べた童貞の数覚えているの?」


「俺は男なのでそもそも食べたことがありません」


「じゃあ、処女は?」


「…………イチ……ですけど」


 もちろん、リィナのことである。


「私は食い散らかした童貞男子の数なんて、覚えてないわね!」


 と、なぜか誇らしげなトレーユ先生。


「いや、何の話ですか! つか、生徒に手出してるんですか……?」


 聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がする。


「……今のは忘れて。で、いくら貸してくれるの?」


「なんで貸す前提で話進めてるんですか。そんな気は――」


 と、そこで考えてふと言葉が止まる。

 待てよ、と。

 ヴァルカの中に貸すメリットが途端に浮かぶ。別にもしかしたら借金をダシに彼女とワンナイトラブできるのでは――なんて思ったからではない。自分はリィナ一筋である。


「……確か先生って、趣味で古い魔道書をコレクションしてましたよね? 保健室にも置いてあるし」


「ええ、そうだけど?」


 この前保健室で治療を受けた際、本棚に並んであったのだ。興味があったので聞いたところ、学園所有のものではなく私物だという。それらは彼女曰く、今ではもう一般の本屋や学園の図書室はもちろん、魔道書専門店でも手に入れるのは難しいものらしい。


「あれ、市販の魔道書には載ってない珍しい魔道とかもあるんですか……?」


「まあ、そうね」


 思ったとおりだと心の中でガッツポーズ。もしその魔道書を借りてあわよくばクラスメイトの知らない珍しい魔道を習得できれば、ラルゴどころか他の生徒も対処法を知らず無双できる可能性だってある。


「一冊貸してもらえませんか? 今度対抗戦があって――」


 そう言いかけると、トレーユ先生は合点がいったという顔で顎下に指を添えた。


「ああ、なるほど……。対抗戦でクラスメイトを出し抜くために、新しい魔道を身につけたいって話ね? おまけにあまり知られてないものなら無双できると」


 似たような要求は過去にもあったのだろう。すぐにこちらの考えに気づいたようだ。


「そういうことです。〈ファイヤーボール〉以外に上手く扱える魔道をひとつでも身につけて、対抗戦に臨めたらなと」


「……まあ、魔道は人を選ぶって言うし、運良く貴方にとってピッタリな魔道が載ってるかもしれないわね」


「だったら――」


「ダメよ。大事なコレクションを人に貸すと思う?」


「この前貸した千ノーラ、俺にとって大事なお金じゃないとでも?」


 お金はいくらであろうと大事なものだ。


「千ノームぽっちと私のコレクションを比較するなんて――」


「生徒からお金を借りていること、学年主任や教頭先生あたりに報告しますよ? 証拠はありませんが、貸してる相手が多いなら調べりゃすぐバレるでしょうし、そこから――」


「それはヤバイからやめて」


「なら……いいですよね?」


 ニヤリとするヴァルカに対し、トレーユ先生は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。


「教師を脅すなんて最低ね……」


「何人もの生徒から、借金するような先生に言われたくありません」


「はあ……まあでも、そういう小賢しい子、嫌いじゃないわ……元彼もそんな感じだったし。明日保健室に来なさいな。貴方に合う一冊を見繕ってあげる」


 また今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするが、スルーすることにした。


「わ、わかりました」


「それと二千ノーラ、準備しておいてね」


(やっぱり借りるのは借りるんだな……)


 なんか前回より増えているけど、この際気にしないでおこう。

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