情報記号多元化期
■ 概要
「情報記号多元化期」は、1980年代以降のデジタル化・グローバル化・メディア拡張のもとで、色が「情報」「記号」「体験」の交差点として再構成された時代である。
ディスプレイ技術、コンピュータ・グラフィックス、インターネット、SNSといった環境の中で、色はもはや物質的対象でも精神的象徴でもなく、「データ化された可視コード」となった。
ここで色は、国家や宗教の統一的秩序を離れ、ファッション、広告、ブランド、ジェンダー、アイデンティティなど、複数の文脈を横断する。
意味は一元的ではなく、同じ色が状況によって異なる価値をもつ。赤は革命と警告、愛と欲望、禁止と祝祭を同時に語りうる。
この「多義的色彩環境」のもとで、色は記号的流通の中心として、文化の流動性と情報社会の速度を象徴する存在となった。
■ 1. 自然観 ― バーチャルな環境としての光
情報記号多元化期の自然観は、物質的自然から離れ、テクノロジーによって再構成された「人工的自然観」へと移行した。
光はもはや太陽や炎の現象ではなく、液晶画面・LED・プロジェクター・AR/VR空間といった人工光源に置き換えられている。
この新しい光の世界において、自然の色は再現されるものではなく、生成され、操作されるものとなった。
デジタル空間ではRGB値や16進コードが「色の定義」となり、色は数値として呼び出される。
それはもはや外的世界の反映ではなく、情報処理の一形態――すなわち「自然の再プログラム化」である。
スクリーン越しの空や海は、観察される対象ではなく、演算結果として生成される仮想的自然である。
したがってこの時代の自然観は、「テクノロジーがつくる新しい光環境」に基づくものであり、
色は自然の代替物ではなく、人間が再設計した“第二の自然”――光の情報環境の中で生きる現実そのものとなった。
■ 2. 象徴性 ― 多義的コードと流動する意味
この時期の象徴性は、固定的意味を失い、流通・消費・再利用の過程で変化し続ける「可変的記号」としての色に基づいている。
ブランドロゴの色は国家の紋章に代わる権威の印であり、SNSのUI色は感情操作や社会行動に影響を及ぼす心理的メディアとなる。
同時に、政治運動や社会的マイノリティの表象において、色は抵抗・連帯・多様性の象徴として再利用される。
たとえばレインボーフラッグは、性の多様性を象徴する同時に、アイデンティティと社会的可視性の運動を表す。
この多義的状況において、色の意味はもはや絶対的ではない。それは文化的文脈・社会的関係・メディア環境の中で流動的に生成される。
つまり、色は「象徴」から「インターフェース」へ――人と情報、身体とメディアを結ぶ接触面として再定義された。
■ 3. 技術水準 ― デジタル再現と演算の色彩
情報記号多元化期の技術的基盤は、光そのもののデジタル制御である。
CRTから液晶、OLED、量子ドットディスプレイへと続く進化のなかで、色はピクセル単位で操作される「演算可能な現象」となった。
CGやゲームエンジンでは、色がリアルタイムで物理的法則(ライティング、反射、透過)をシミュレーションし、人工的に自然を模倣する。
また、デジタル画像処理・カラーマネジメント・3Dレンダリングなどの技術により、色は「再現」から「生成」へと移行した。
AIによる画像生成や色彩補正は、もはや人間の知覚を模倣するだけでなく、独自の審美的判断を生み出す段階に達している。
さらに、ウェアラブルデバイスや照明設計、UI/UXデザインにおいて、色は「行動を誘導するインターフェース」として機能する。
信号、警告、通知、エラー、安心――色の生理的・心理的効果が、情報の設計に組み込まれている。
ここで色は、単なる視覚的属性ではなく、情報伝達と行動制御を担う「テクノロジー的記号装置」と化したのである。
■ 4. 社会制度 ― グローバル資本と個人表現の並存
現代社会において、色はグローバル経済と個人表現の双方に深く関与している。
国際ブランドやSNS企業は色を「心理的資本」として戦略的に使用し、青や赤、緑などのプラットフォーム色が世界共通の視覚体験を形成する。
一方で、個人はファッション・ヘアカラー・デジタルアバター・SNS投稿などを通じて、色を自己表現のメディアとして操る。
この並存的構造――すなわち「資本の制度化された色」と「個人の即興的色」が共存する状況――が、現代社会の色彩文化を特徴づけている。
国家・宗教・階層のような古い制度的制約に代わり、グローバル市場とアルゴリズムが色の流通を支配するが、
同時に、個人の選択やコミュニティの感性が絶えずそれを再編成していく。
制度は一元化ではなく、分散化へ――この時代の社会的秩序は、色の多層的ネットワークとして機能している。
■ 5. 価値観 ― 感性の多様性と倫理の再定義
情報記号多元化期の価値観は、「多様性(diversity)」と「共感(empathy)」を中心に展開する。
色はもはや美的優劣を競うものではなく、文化的差異や社会的立場を認識し、共存を試みる倫理的メディアとなった。
サステナビリティの観点からも、環境負荷の低い染色技術やリサイクル素材の色彩デザインが重視され、
「美しい色」とは「持続可能である色」へと価値が転換している。
また、デジタル環境下では、人間の感覚が機械的インターフェースを介して拡張され、「誰が世界の色を決めるのか」という新しい哲学的問いが浮上する。
色彩は単なる視覚現象ではなく、認識・倫理・技術が交錯する場として再び思索の対象となった。
この時代の美は、もはや秩序でも比例でもなく、「変化し続ける関係そのもの」に宿る。
それは不確定で、個別的でありながら、同時に共有されうる感性――可変的な公共美学といえる。
■ 締め
情報記号多元化期は、色彩がデータ・メディア・倫理のすべてを横断する「情報的現象」として再定義された時代である。
色はもはや対象の属性ではなく、社会的コミュニケーションの基盤であり、 人間の感覚・技術・記号が交錯する「知覚のネットワーク」そのものとなった。ここに至り、色彩文化史は「光の物質史」から「光の情報史」へと転換する。
色は生成・選択・共有・演算のなかで生きる――その流動的な在り方こそ、現代文明の象徴である。
したがって情報記号多元化期とは、色が「意味の多元性と知覚の自由」を体現する、ポストモダン以降の開かれた視覚文化の時代として位置づけられる。
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