近代造形合理主義期

■ 概要


「近代造形合理主義期」は、1900年頃から1970年代にかけて展開した、モダニズムの理念のもとで色が「理性化された感覚」として再定義された時代である。


バウハウス、デ・ステイル、ロシア構成主義、国際スタイル建築など、20世紀初頭の造形運動は、芸術・産業・科学を統合する新しい視覚言語を構築しようとした。


ここで色はもはや自然の模倣でも象徴的記号でもなく、「構成要素としての純粋形態」として扱われた。


ニュートン以来の科学的色彩理解と、産業社会における標準化の思想が融合し、色は普遍的な造形原理の一部として抽象化される。


カンディンスキー、モンドリアン、イッテン、アルバースらの理論は、色を「感覚と理性のあいだにある構造的秩序」として位置づけた。


その結果、20世紀の色彩は、個人の感性や宗教的象徴を超えて、機能・構成・心理・情報といった新たな次元へと拡張していった。



■ 1. 自然観 ― 抽象化された自然


近代造形合理主義期において、自然観はもはや「模倣」でも「再現」でもなく、「構造の抽出」へと転化した。


科学が自然の法則を数式で記述したように、芸術も自然の形や色を構成的原理に還元し、普遍的秩序として再構築した。


バウハウスの教育理念においては、自然は感性の対象ではなく、「造形の法則を学ぶための素材」として理解された。


色彩理論においても、光学・心理学・幾何学が結びつき、自然界の色は純粋色相・明度・彩度といった抽象的パラメータに置き換えられた。


この過程で「自然」はもはや生態的環境ではなく、「体系化された視覚現象」となり、芸術は自然を描くのではなく「色の法則」を創造する場となった。


つまりこの時代の自然観とは、自然を理性によって再構成する「抽象的自然主義」といえる。


それは自然を排除するものではなく、自然の秩序を形式として継承し、人間の思考に適合する形で再構築する試みであった。



■ 2. 象徴性 ― 普遍形式の色彩言語


モダニズムにおける象徴性は、超越的・物語的意味を排除し、「普遍的形式としての意味」へと還元された。


デ・ステイルのモンドリアンは、赤・青・黄の三原色と垂直・水平の構成によって、宇宙的調和を表そうとした。そこに描かれるのは神話ではなく、「秩序としての真理」である。


バウハウスの色彩教育では、イッテンが「色の対立・調和・心理的効果」を体系化し、色が形や空間と同等の構成要素として扱われた。


アルバースは『Interaction of Color』(1963)で、色が隣接関係によって意味を変化させる「関係的現象」であることを示し、象徴ではなく「知覚構造」としての色を提示した。


このように、近代造形合理主義期の象徴性は、内容を表す象徴ではなく、形式が自らの意味を生む「自律的構成原理」として成立した。


色は宗教的・物語的記号から独立し、「視覚の普遍文法」として世界を表す新たな言語へと変わったのである。



■ 3. 技術水準 ― 産業・教育・映像技術の統合


20世紀前半から中葉にかけて、色の技術は産業・教育・映像という三つの領域で融合的に発展した。


まず産業面では、印刷・塗料・照明・建築素材の標準化が進み、国際規格としての色体系(マンセル表色系、CIE表色系)が確立された。


これにより、色は「共有可能なデータ」として扱われ、科学・工業・デザインが共通の言語をもつようになる。


教育面では、バウハウスを中心に「造形の基礎教育」が制度化され、色彩は感性と構成を結ぶ教育要素として体系化された。


イッテンの色相環、カンディンスキーの抽象理論、クレーの構成的ドローイングは、すべて「見ることの理性化」を目指す実験であった。


この教育理念は世界各地の美術大学やデザインスクールに広まり、現代デザイン教育の根幹を形成する。


さらに、映像技術の発達――映画のカラー化、ポスター印刷の多色化、テレビ放送の普及――は、色を「動的な情報」として扱う新しい段階を切り開いた。


ここで色は物質的素材ではなく、「時間と光の変化の中で現れる現象」となり、造形的統一から動的知覚へと進化する。


このように、近代造形合理主義期の技術水準は、色を「科学・芸術・産業・教育・メディア」の共有軸として整備し、20世紀的視覚文明の基盤を築いた。



■ 4. 社会制度 ― 国際スタイルとデザイン体制


20世紀の社会制度において、色は国家・企業・公共空間を統一する「視覚秩序の規範」として位置づけられた。


1930年代から60年代にかけて形成された国際スタイル建築(ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエなど)は、白・灰・黒を基調とする機能的色彩を採用し、「普遍的理性の美学」を体現した。


企業デザインにおいても、ロゴ・製品・広告・建築を統合する「コーポレート・アイデンティティ(CI)」が導入され、色は企業理念の視覚的象徴となった。


この時期の社会制度は、色を「秩序の象徴」として管理し、国家や資本の効率的運営を支える手段とした。


鉄道・航空・医療・教育など、あらゆる公共空間において色彩規範が整備され、社会全体が「色によって合理化された環境」となっていった。


同時に、戦後の大量生産と国際流通の拡大は、色の「グローバル化」を促進した。ペンキやプラスチック、印刷インクの規格が国際的に統一され、世界のどこでも同じ色を再現できる「地球規模の標準色体系」が成立したのである。



■ 5. 価値観 ― 理性化された感覚の美学


近代造形合理主義期の価値観は、「理性によって組織された感覚の秩序」によって特徴づけられる。


美とは主観的感情でも宗教的理念でもなく、「形式の必然性」と「構成の透明性」によって成立するものとされた。


この理念はモダニズムの核心であり、色彩は感覚を理性化し、視覚を普遍言語化する手段として理解された。


バウハウス以降の芸術家たちは、自由な感情表現ではなく、色の相互関係に内在する法則を追求した。


アルバースは、色の相互作用が人間の知覚に生じる錯覚や変容を体系的に分析し、感覚そのものを思考の対象とした。


ここにおいて「感じること」と「考えること」は分離されず、色彩は理性の言語としての地位を獲得した。


しかし同時に、1960年代以降のポップアートやミニマリズムは、この合理主義的美学を批判し、日常的・消費的・感覚的な色彩を肯定した。


それでもなお、合理的秩序としての色の理念は、建築、デザイン、教育の根幹として生き続け、20世紀後半の視覚文化を方向づけた。



■ 締め


近代造形合理主義期は、色彩が「機能」「構成」「理性」と結びつくことで、近代文明の普遍的視覚言語を形成した時代である。


ここで色は、自然や象徴を超えて、数学・構成・心理・教育・産業の交点に位置づけられた。


それは「世界を秩序として見る」モダニズムの精神を体現し、人間の知覚そのものを構造化する試みでもあった。


この合理主義の理念は、のちの情報社会において「色をデータとして扱う思想」へと転化し、現代のデジタル色彩文化の基礎をなす。


したがって、近代造形合理主義期とは、色彩文化史における「理性化された感覚の頂点期」であり、


色が初めて「普遍的造形言語」として完成した時代なのである。

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