死にたいぼくらの究極密室

葉月めまい|本格ミステリ&頭脳戦

問題篇、あるいは虚ろなネバーランド

問題篇①――死にたいぼくら

 大人を騙す方法は、簡単だ。

 聞き分けのいい素直な優等生を、日頃から演じておくこと。これは大前提。


 最も重要な点は、適度に嘘をくこと。

 動機は、浅はかであるほどいい。くだらない理由で嘘をき、隠しごとをして、手掛かりとなる情報をわざと与え、真相に気づかせる。


 すると、どうだろう。

 彼らは勝手に法則性を見つけて、納得するのだ。


 この子はこういうときに嘘をく、と。

 この子は嘘をいているときにこういうくせが出る、と。


 それが偽の手掛かりだなんて疑わず、彼らは相手の性質を勝手に解釈していく。


 だから、深夜に窓から外へ出るとき、ぼくはまったく緊張感を抱かなかった。

 絶対に気づかれないという確信があったし、万が一、誰かに見られてしまった場合でも、もっともらしい理屈をねて弁明すれば、誰もが簡単に信じてしまう。


 月光と夜風に身体を包まれると、恍惚こうこつとした全能感が湧き上がる。


 闇の中を抜けて公園に辿り着くと、ぼくは日常を演じる偽りの自分から切り離された。


「物語の終わりには最適な夜ね。アキラくんも、そう思わない?」

 ベンチに座る彼女――メグミは、妖艶ようえん微笑ほほえみを浮かべてく。


 鈴の鳴るような冷たい声音が、耳に心地いい。


 街灯の人工的な光に照らされる彼女は、さながらスポットライトを浴びた舞台女優のようだ。まさか彼女がだなんて、誰も信じられないだろう。

 ぼくだって、今も半信半疑だ。メグミの容姿は確かに、小学生らしいたいだけれど、その表情、口調、立ち居振る舞い、全てが完璧に管理されている。


 もちろん、大人の言う「子供らしさ」とやらがどれだけ誤認とまんに満ちているか理解しているぼくは、彼女を「子供らしくない」だなんて言うつもりはない。

 強いて言うなら、人間らしくない――。十年や二十年ではなく、百年以上もの歳月を生きているのではないかと思わされるような神秘性。


 メグミは、そんな雰囲気をまとっているのだ。


「羨ましいよ。今日がきみの番で」

 ぼくは軽く言葉を返しながら、彼女の隣に腰掛ける。


「代わってほしい?」

 メグミはこちらに顔を近づけて、ぼくを試すように尋ねた。


 唇と唇が、重なり合いそうな距離。吐息が混ざる。


「……いや、予定通りでいいや。即興で出題する用意はないから」

 沈黙をやぶって、ぼくはメグミから、ほんの少しだけ離れた。


 なんとなく、敗北感を抱かずにはいられない。

 彼女はくすっと笑う。


「そういえば、アキラくん。エラリー・クイーンの作品、読んでくれた?」


 メグミは以前から何度か、その作家の小説をすすめてきている。

 ぼくはあまり娯楽小説全般に詳しくないため、彼女に聞くまでエラリー・クイーンという作家の名前さえ知らなかった。


「ああ、『エラリー・クイーンの冒険』っていう短篇集を買ったよ。まだ読んではないけど」


「ふぅん。もう読んでいたら、感想を聞きたかったのに」

 彼女はわざとらしく唇を尖らせる。

「それじゃ、出題に移りましょうか。今日のミステリーは、題してよ」


 究極。なんともおおぎょう題名タイトルだ。


「いいね、面白そうだ。さっそく条件を聞かせてよ」


 ぼくたちは、遊戯ゲームをしている。

 真夜中の公園で、交互にミステリーを出題し合う遊戯ゲームを。


 謎を解くことができたら、次はこちらに出題権が回ってくる。

 もしも解けなければ、そのときは――。


 出題者におくってあげなければいけない、という規則ルールだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る