神社の絵馬を誤字ったら、氷姫と結ばれた――俺、両想いの幼なじみがいるんだけど。
@Shinonome_Takeru
序章 絵馬の呪い
第1話 決意
玄関の扉を開け、わざと大きな声で「行ってきます」と言う。
――この声が、彼女に届くように。
軒先で聞こえた足音は、玄関前の道路でぽつりと止む。
視線の先には彼女がいた。
こちらを向いたその瞬間、視線が重なる。
端整な顔立ちに、透き通った琥珀色の瞳。
茶髪をたなびかせるその姿は、絵画にでもすれば一儲けできそうだ。
彼女は笑顔を浮かべて、俺に向かって大きく手を振る。
「おはよー、桂くん!」
「おはよう、千夏」
俺、
千夏との出会いは幼稚園まで遡る。
当時、園庭の陰に隠れていた千夏の手を引いたのが最初だった。
それからは、家が近所ということもあり、よく一緒に遊ぶようになった。
小学校は同じ。
でも、中学校は学区の関係で離れ離れになった。
仲が悪くなったわけじゃない。
ただ、距離ができたことで、胸の奥にぽっかりと穴が開いた。
高校の入学式で、再会した。
見慣れたはずの顔なのに、一瞬誰だか分からなかった。
伸びた髪を耳にかけ、ブレザーの袖を直す仕草。
――全部が、俺の記憶より大人びて見えた。
少し遠くへ行ってしまった気がしたのに、同時に――
胸の中の空白が、すっと埋まった気がした。
それ以来、俺にとって千夏は“ただの幼馴染”ではなく、特別な存在になった。
俺は、千夏の横に並び最寄り駅へと一緒に歩みを進める。
千夏はにやりと口に手を当てて笑った。
「ねぇ、また待ち伏せしてた?」
「そんなわけないだろ。家が近所、学校が同じなら必然的に会う回数も増えるだろ」
――そんなわけはある。
この出会いの裏には、俺の涙ぐましい努力があるんだ。
登校時間を一分単位で変えて、千夏と出会えるタイミングを検証した。
そして導き出した答え――七時四十五分に家を出ると、彼女に会える。
そんなことしなくても、連絡を取って一緒に登校すればいいじゃないかって?
それができないんだ。
できなくなってしまった……。
千夏と再会して以来、特別な理由がないと誘えなくなってしまった。
もし思いがばれて、振られたら、この関係は崩れてしまう。
それが怖いんだ。
「まぁ、こんなに可愛い子がいたら無理もないか。恥ずかしがらなくてもいいんだよ?」
千夏はそう言うと、満足そうな笑みを浮かべた。
「あー、サイコウダー。俺はなんてシアワセナンダー」
『ああそうだよ』なんて素直に言えるわけがないので、カタカナ発音で会話を流す。
待ち伏せの話題から、ふとした疑問が浮かんだ。
「前から思っていたけど、なんで俺の家の前通るんだ?」
「どういうこと?」
「ほら。千夏の家からなら、別のルートのほうが駅に近いだろ」
千夏の家から駅までの最短ルート上に俺の家はない、むしろ通りを二本ほど戻っている。
千夏はなぜか、視線を明後日の方向に向ける。
「いっ、いいじゃん別に。最近運動不足だから歩こうと思っていただけだし!」
なるほどね……。
さすがに鈍感な俺でも理由がわかった。
「ああ、なるほど。なんだか二の腕周りが太って……」
その瞬間、臀部に強い衝撃が走る。
到底女子とは思えない蹴りに情けない声が漏れた。
「いって!」
「本当、佳君って、無神経だよね」
目を細めて、俺をにらむ。
まずい、さすがに無神経が過ぎた。
「すみません……」
「仕方ない。許してあげよう」
数秒して、緊張がほどけたのか、お互いに笑い合った。
他愛もない話を続ける。
ああ、俺にとってこの時間が一日の癒しだ。
そう感慨にふけっていると、千夏が顔を覗き込み、首を傾げた。
「クマすごいよ?昨日、夜更かしでもしたの?」
その言葉で、幸せ空間から一瞬で現実にもどされる。
「ああ、ちょっと寝不足で……」
思い出したくなかったのに。
できれば、このまま何もなかったことにして、この時間を楽しみたい。
でも今日は、これを聞くために千夏と会ったのだ。
先延ばしにする方が辛い。
恐る恐る口にした。
「昨日、藤枝と一緒にいたよな?何してたんだ?」
昨日、見てしまった。校舎の裏で、二人が話しているところを。
「私、告白されたんだ。藤枝君に」
千夏は、視線を下に落として答える。
思考よりも先に鼓動が早くなり、息が浅くなる。
息苦しさの中で、声を振り絞った。
「で、なんて答えたんだ?」
千夏は立ち止まり、数秒してから俺を見る。
「断ったよ。ごめんなさいって……」
よかった……
本当に良かった……
千夏が一瞬間を置くものだから、告白に受けたのかと思った。
だが、束の間の安息も次の言葉で打ち砕かれた。
「藤枝君には気になる人がいるって、答えたよ」
「そっ、そうか……」
その言葉の続きを聞こうとするも、喉が詰まって声にならない。
千夏に好きな人がいるなんて、初めて聞いた。
その人は誰なのだろう。
千夏はクラスの人気者だ。
そんな千夏の意中の相手が、俺だなんて思えなかった。
俺はただ、千夏の人生で一番早く登場した異性ってだけだ。
意中の相手を聞き出そうとしても、言葉がでない。
数秒の静寂を破ったのは、俺の声ではなくスマホの通知だった。
千夏はポケットからスマホを取り出し、目を丸くする。
「やば!電車、間に合わなくなっちゃうよ!」
そう言うと、駅に向かって走り出した。
「早く、早く!」
俺もその後を追う。
千夏との日々は、いつまで続くのだろうか。
このまま終わってしまうのだろうか。
いや、何をうじうじしてるんだよ俺。
千夏の好きな人が俺じゃなかったら、誰かに取られてしまうんだぞ。
だったら、阻止するしかないだろう。
決めた。
――俺は、明日千夏に告白する。
そう決心した。
なぜだろう。
神様なんて信じていないのに、この時ばかりは信じたくなってしまった。
そう、これがおかしな物語の始まりだった。
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